野村 彩:弁護士(和田倉門法律事務所)、公認不正検査士(CFE)
職場の「心理的安全性」確保に企業が腐心する中、その安全性を脅かす天敵が「ハラスメント」にほかならない。しかし、職場が「ヒト」によって構成されている以上、業務伝達を超えたコミュニケーションは必須であるものの、そこには常にハラスメント問題が発生する余地がある。しかも、この問題をめぐっては、マネジメント層、ひいてはエグゼクティブ層と一般社員との間の立場や世代的なギャップは埋めがたく、それがトラブルを拡大、深刻化させていると言えよう。
そこで、上場企業などで社外取締役・監査役を務め、不正調査や内部通報対応でも活躍する公認不正検査士(CFE)の野村彩弁護士が、社長・CEO(最高経営責任者)らエグゼクティブに向けて、ハラスメントをめぐる最新事情を月1回のペースで講義する月1回の連載企画である。ガバナンスを担う読者諸氏には、野村先生の“月イチ講座”でぜひともハラスメント問題を乗り越える知識と知恵をアップデートしていただきたい。
“偉い人”ほど「パワハラ認定」されやすい
「いやぁ先生、昔は、ミスでもしたら黒電話を放り投げられたもんだけどねー」
役員向けハラスメント研修の後で、社長さんがおっしゃっていたセリフである。
他方、新人研修では「先生、こういうのってパワハラですよね?」「これもですよね?」と、新入社員のみなさんは実によく知っていらっしゃる。
こんなことを言ってしまうと年齢差別になってしまうかもしれないが、特にパワーハラスメントの認識に関しては、いまだに世代間格差が根深く存在する。
若い世代はパワハラに敏感で、偉い人は鈍感――。
では、偉い人のほうがパワーハラスメントになりにくいのかというと、法的にはまったく逆である。 同じことを言っても、立場が上の人が言う場合は、そうでない人に比べてパワハラになりやすい。
そもそも、どういった行為がパワハラになるかという点は、なかなか一言で言うことができない。いろいろな要素を総合考慮してケースバイケースで決められるものだからである。
「いろいろな要素」とは、厚生労働省によると、〈当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性等*1 〉を指す。
*1 「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)」「2(5)」
特に後段に「行為者との関係性」が入っていることに注目されたい。パワハラ被害者との関係で行為者がどのような立場にあるか、が検討すべき点のひとつとなっているのだ。
例えば、新入社員に対して「おい、お前なんだよ。この報告書。使えねぇなぁ。 直せ」と叱咤する行為。「使えねぇ」あたりがパワハラワードになりそうだが、これが訴訟でもパワハラ認定されるかどうかは、上記の要素次第である。そして、実は言ったのがマネージャーではなく、さらに高位の事業本部長でした、ということになると、圧倒的にパワハラ認定されやすい。
偉い人に不利なのはパワハラ認定の問題だけではない。認定後の処分も、立場が上がれば上がるほど重くなりやすい。これも認定の問題と同じく法的に当然の帰結である。
今度は懲戒処分の可否の問題となるが、法や裁判所は、基本的には「重すぎる懲戒処分をしてはいけない」という考え方をとる。個別の事案が「重すぎる」かどうかは、諸般の事情により決せられるものであるところ、やはりここでも立場が効いてくる。
同じ、懲戒事由となるような行為をした場合であっても、それをやったのが新人ではなく部長クラスということになると、裁判所も「まあ、重い処分でも仕方ないか」となりやすいのである。