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東芝・土光敏夫「60点主義で即決せよ」の巻【こんなとこにもガバナンス!#1】

栗下直也:コラムニスト
「こんなとこにもガバナンス!」とは(連載概要ページ)

「60点主義で即決せよ。決めるべきときに決めぬのは失敗」
土光敏夫(どこう・としお、経営者)

1896~1988年。岡山県出身。東京高工(現東京工業大)卒。戦後に石川島重工業、石川島播磨重工業、東京芝浦電気(現東芝)などの社長を歴任した。「ミスター合理化」とよばれる徹底した合理主義者。1974年経団連会長。81年から第2次臨時行政調査会会長もつとめ、国と地方自治体の改革、三公社(国鉄、電電公社、専売公社)の民営化、特殊法人の整理などに尽力した。

自社・東芝の暖房機すらない”財界超大物”のご自宅

土光は質素な生活ぶりから「メザシの土光」と呼ばれた。食事は一汁一菜、野菜は自給自足していたため夫婦の1カ月の生活費はわずか3万円ともいわれた。

自宅は日本が太平洋戦争に突入する寸前に建てられたもので3部屋の平家建て。この小さな家に石川島播磨重工業社長、東芝社長、そしてなんと経団連会長になっても50年近く住み続けた。

1980年代に入っても応接間以外には、暖房設備が家に無かった。曲がりなりにも大企業のトップや経団連会長を務めた大物経済人の自宅の居間や寝室に暖房がない。「東芝って、暖房器具もつくっているんだから、自社製品買えよ」とも突っ込みたくなる。

自宅の草むしりも業者を使わない。つぎはぎだらけの帽子をかぶり、上半身裸になってひたすら草をむしる。日曜日はゴルフなど行かずに畑仕事に精を出す(食費節約!)。作業用のズボンは、ベルトの代わりに使い古したネクタイで締める。「思想は高く、暮しは低く」という言葉も残しているが、「ちょっと低すぎないか」と思うのは私だけだろうか。

土光は決してケチなわけではなかった。生活費を除いた大半のお金は母親がつくった女学校の運営費用にあてていた。常識にとらわれずに無駄なことを嫌っただけなのだ。

有名な「社員は3倍働け……」の仕事観

「無駄なことを嫌う精神」は会社再建ではいかんなく発揮された。

東芝の社長になった際にはトイレ付きの社長室を撤廃し、出張はお付きを伴わず一人で出かけ、社用車もなくし、バスと電車通勤で通した。役員の個室も4人部屋に変えてしまった。そして、「社員は3倍働け、重役は10倍、オレはもっと働く」と発破をかけた。

今ならば「モラハラ」「ブラック企業」と糾弾されかねないが、土光には土光なりの「仕事観」があった。立場や仕事内容が人をつくると考えた。

「人間を能力以下に置くのは、むしろ罪悪である。人間尊重とは、ヘビー労働をかけ、その人の創造性を高めることだ」

もちろん、「ただ3倍働け」と言っていたわけではなく、権限を現場に委譲し、自己申告や社内公募の手段をとって人材を再配置し、頑張れる「場」を与えた。

そして、冒頭の言葉である。土光は最初から完璧を求めなかった。仕上がりが60点でもいいから、とりあえず着手する姿勢を重視した。結果的に、会社全体にチャレンジする土壌が生まれ、組織改革が進み、東芝は1967年度からスタートした長期経営計画の売上高目標を2年前倒しの69年度に早くも達成した。

土光とともに第2次臨時行政調査会(土光臨調)で国鉄民営化に関わった加藤寛(経済学者、1926~2013年)は、2004年の郵政民営化に関する有識者会議で「土光氏は『改革は60点を目指せばいい』と言っていた。郵政民営化も最初から完ぺきにやる必要はない」と語っている。

果たして、郵政民営化が何点でスタートし、今は何点なのかは気になるところだが、完璧を期していたら一向に動き出さなかったはず。組織の改革はできることからやる。それしかないのだ。

(月・水・金連載、#2に続く)

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