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スタンランドの不正転売事件と「不正のトライアングル」
「不正のトライアングル」は3つの要素、①不正行為を実行する動機(プレッシャー・インセンティブ)、②不正行為の実行を可能あるいは容易にする環境としての機会、そして➂不正行為の実行を積極的に是認しようとする主観的事情である正当化、で構成される。
クレイグ・スタンランドの犯罪行動を説明する上で、不正のトライアングルの3つの要素が、どのように彼の不正行為に影響を与えたのかを探ってみたい。
(1)動機
経済的プレッシャー
「かつては多額の報酬を得ていたが、2008年の金融危機の後、ビジネスが変化し、売り上げが減少した。顧客の購買量が減るにつれ、私の報酬も減っていった。それが『もっとお金が必要だ』という思いを引き起こした」
スタンランドはキャリアの初期段階では成功し、高額な収入を得ていたが、2008年のリーマンショック以降、大きく減少し始めた。特に、彼が担当していた顧客の多くは金融業界関係者だったため、経済状況の悪化は彼の収入に直接影響を与えていた。収入の大幅な減少によって贅沢な生活を維持することは困難となり、この財政的な圧力が不正行為の強い動機となっていた。
社内での立ち位置
「新しい経営陣に刷新され、若くて新しい人材が評価されるようになった。私たち古い人材と置き換えられようとしているのを感じたことも、もっとお金が必要だと思い始めた原因のひとつだった」
新しい経営陣はベテランより若手を起用しようとしており、若手ではない自分は疎まれているような気もしたという。この社内での立ち位置に関するプレッシャーと自己価値の喪失感が、不正行為に手を染める動機の一部となった。
消費への依存
他の動機として、スタンランドの生活スタイルの維持に対する固執もある。スタンランドは、贅沢なディナーや高価なワインなどを楽しむという、華やかなライフスタイルを送っていた。贅沢品に対する依存が、彼の不正行為を後押しする強い動機となった。
上記のように、スタンランドは、自分の経済的成功や物質的な豊かさに自己価値を見出していた。収入の減少や職場での地位低下が進むにつれ、彼は自分が「価値のない存在」だと感じるようになり、この感情も不正行為の動機となった。
(2)機会
シスコ社サービス契約に関する知識
「シスコのサービス契約がどのように機能するかを完全に理解していた。(略)そこで、この仕組みを悪用できると気づいた」
スタンランドはシスコのサービス契約に関わる業務を通して詐欺を行う機会を見つけた。また、複数の偽造会社を設立し、その会社を通じて不正な契約を取得するという機会もあった。彼が取引のすべての側面をコントロールできる立場にあったことで、詐欺を実行するための環境が整っていたといえる。
(3)正当化
“1対1の交換”
「『彼らが新しい機器を送ってきて、私はそれに対して何かを返している』と常に自分に言い聞かせていた。確かに返しているものはサードパーティー機器だったが、それでも1対1の交換というロジックを自分の中で正当化していた」
これはカードゲームやトレーディングの「等価交換」の概念と似た思考プロセスである可能性はあるが、この概念をどこから着想したのか、特にカードゲームなどに由来しているかどうかについては、インタビューでは明確に語られていない。ともあれ、スタンランドの頭の中では、「1対1の交換」という考え方に固執し、自己正当化していた。
表面的には、「何かを受け取ったら、それに相当するものを返せばよい」という単純なロジックに焦点を当て、返品システムの悪用という本質的な不正を無視していたと考えられる。
金銭的必要性の正当化
「FBIからなぜやったのかと尋ねられ、私は『お金が必要だったから』と答えた。私は切迫した必要性を感じていた」
彼の感じていた「切迫した必要性」とは、収入が減少しているという状況下で「自分にはお金が必要だ」と感じたことのようである。しかし、彼の生活は困窮してはおらず、これまでの生活水準やライフスタイルを維持したかったに過ぎなかった。
*
スタンランドは、シスコシステムズの販売代理店で成功を収め、高収入を得ていたが、2008年の金融危機後、ビジネス環境が変化し、彼の給料も下がってしまった。この時、彼はこれまでの豊かな生活を維持できなくなることに気付く。特に、新しい経営陣の到来により、職場での立場が不安定になり、将来に対する経済的な不安と自己価値の喪失感が増していたことが、彼にとってのプレッシャーとなった。
スタンランドの不正行為の動機はこのような複数の要因が複雑に絡み合って形成されていた。結果、これらのプレッシャーや動機から自己を守るために不正行為を正当化し、違法な手段で解決策を見出そうとしたのであろう。
ACFE本部リソース
ACFEアメリカ本部によるスタンランドへのインタビューは、以下のオンデマンド動画で視聴(有料)できる。
・Conversation with a Fraudster: Craig Stanland
ウェビナー(オンデマンド)ACFE Ethics CPE: 2 *すべて英語
https://www.acfe.com/training-events-and-products/self-study-cpe/product-detail?s=Conversation-With-a-Fraudster-Craig-Stanland
(隔週連載、#9は2025年3月7日公開予定)
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