【米国「フロードスター」列伝#7】ヘッジファンドトレーダー“損失補填”で嵌まったポンジスキーム
ブランドリーノの損失補填事件と「不正のトライアングル」
「不正のトライアングル」は3つの要素、①不正行為を実行する動機(プレッシャー・インセンティブ)、②不正行為の実行を可能あるいは容易にする環境としての機会、そして➂不正行為の実行を積極的に是認しようとする主観的事情である正当化、で構成される。
ブランドリーノの不正行為を、クレッシーの「不正のトライアングル」に照らし合わせると、単なる金銭的欲望だけでなく、主にプレッシャーから生まれた動機、金融業界での立場を利用した機会、そして「不正は一時的なもの」と信じた自己正当化によって進行していったと分析できる。
(1)動機
顧客離れへの怖れ
ブランドリーノは高校時代から金融取引の世界に憧れを抱き、成功を夢見てキャリアを積み重ねてきた。ヘッジファンドを立ち上げた後、200万ドルの資金を集めた彼は、成功することが自分の責任だと考えていた。
最初の1週間で3%の損失を出した際、「この損失が報告されれば顧客たちが資金を引き上げるのでは……」との焦燥に駆られ、その重圧に耐えきれず不正行為に手を染めた。
キャリアへの過信
「利益を出せると信じていたし、損失はすぐに取り戻せると、3%の損失なんて、私にとってはすぐに埋められる小さなものだと思っていた」
また、ブランドリーノは自分のスキルに対して過剰な自信を抱いていた。彼自身が述べたように、「経験豊富な自分なら数週間で損失を埋められる」と考え、これが最初の虚偽報告書作成の正当化につながり、後に不正行為をさらにエスカレートさせる原因となった。
(2)機会
会計ソフトの悪用
ブランドリーノは、損失を隠すために会計ソフトを購入し、これを悪用して投資家向けの虚偽報告書を作成した。前述のように、雑誌でこのソフトの広告を見た際に、「自分で報告書を作成すれば損失を隠せる」というアイデアがひらめいたという。
事実、彼はこのソフトを駆使して、投資家に損失がばれないようプロフェッショナルな外観の報告書を簡単に作成することができた。このようなツールの利用が、不正行為を実行する大きな助けとなったのだった。
また、投資家がファンドの運用実態をオンラインでリアルタイムに確認できない仕組みを悪用し、報告書を郵送という形で送付することによって不正を隠し続けることができた。
監視の欠如
個人でヘッジファンドを立ち上げ、運営していたため、ブランドリーノの行動をチェックする第三者の監視がほとんどなかったことも不正の機会を拡大させた。彼は外部監査や報告義務を事実上回避できる環境におり、誰からもチェックされることなく自由に報告書を改ざんできた。
また、ファンドの規模拡大に伴い外部監査が要求されると、今度はニセの監査法人を設立、虚偽の監査報告書を投資家に提出した。このような監視体制の不在が、彼にさらなる不正行為を実行する余地を与えた。
(3)正当化
一時的な措置という認識
「この不正はすぐに終わる。来月には損失を取り戻し、全てを元通りにするつもりだった」
ブランドリーノは、自身の不正行為を「損失分を取り戻すための一時的な対応」として正当化し、虚偽の報告を行った。自らは経験豊富なトレーダーであるという認識が、自分自身に対して「すぐに元に戻せる」という幻想を抱かせ、「必ず損失を取り戻せる」と信じ込ませる根拠となった。
「顧客がファンドに投資した金額を守るために、自分の資金を使ってバランスを保とうとした」
自身の資産をファンドに補填した際にも、「これは顧客の利益を守るためであり、倫理的には問題ない」と考えていた。この自己欺瞞が、彼の行動をさらなる不正に向かわせた。
しかし、損失が拡大し続けた結果、彼の正当化は自己欺瞞に変わり、結果的に8年にもわたる詐欺行為へと発展していった。
*
ブランドリーノの不正行為も、「不正のトライアングル」の上記3つの要素が複雑に絡み合った結果といえる。彼の「動機」は、成功を期待する投資家からのプレッシャーと自身のトレードスキルへの過信によるものであり、ヘッジファンドを一人で運営し、監視のない環境にいたことが不正の「機会」を生み出した。さらに、「すぐに損失を取り戻せる」と信じる自己「正当化」が、彼を取り返しのつかない道へと追い込んでいった。
ブランドリーノのケースは、金融詐欺がどのように発生し、どのようにエスカレートしていくかを示す典型例である。倫理観の欠如だけでなく、環境や仕組みの不備が不正を助長する現実を浮き彫りにしており、対策を怠れば同じ悲劇は繰り返される。
不正を防ぐためには、個人の誠実さに頼るだけではなく、監視体制の強化と早期発見の仕組みが不可欠であることを、この事件は強く訴えかけている。
ACFE本部リソース
ACFEアメリカ本部によるブランドリーノへのインタビューは、以下のオンデマンド動画で視聴(有料)できる。
・Conversation with a Fraudster: James Brandolino
ウェビナー(オンデマンド)ACFE Ethics CPE: 2 *すべて英語
https://www.acfe.com/training-events-and-products/self-study-cpe/product-detail?s=Conversation-With-a-Fraudster-James-Brandolino
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