日本の株式市場の激変が著しい。日経平均株価が一時的とはいえ、バブル期を超えて4万円台を付け、NISA・新NISA(少額投資非課税制度)をテコとした政策的な追い風を受けて“個人投資家”がマーケットに大挙して押し寄せている。その一方で、株式市場とは本来、上場企業の支配権をめぐる市場にほかならない。そして、この側面においても日本市場は激変を迎えている。「企業支配権市場」を専門とする戦略アドバイザリーファームであるQuestHubのCEO(最高経営責任者)大熊将八氏が、このほど、同市場を俯瞰・分析する書籍を上梓した。果たして、何が起きているのか。そして、経営者は何にどのように立ち向かえばいいのか――。
「企業支配権市場」とは何か
――昨年11月、『アクティビストと企業支配権市場――日本企業に変革と再編を迫るマーケットの猛威』を出版されました。このタイトルに込められた意味は?
本書は、経営陣が適切な株主価値を最大化させることができなければ、株主総会で解任されるか、企業ごと買収されて解任される――そんなメカニズムを、広く「企業支配権市場」という概念として捉え、執筆したものです。
さらに、企業支配権市場が機能するうえで密接不可分に関わってくるのがアクティビスト(モノ言う株主)です。そのようなアクティビズムに併せてフォーカスしつつ、上場企業が企業支配権市場という荒波とどのように向き合い、また、企業価値を高めていくための強力な武器とは何か、そして、それをどのように活用していくべきか……。本書が、そのひとつの道標となることを目指しました。
――なぜ今、「企業支配権市場」なのでしょうか。
①株主構成の地殻変動、②政府や取引所によるコーポレートガバナンス改革やルール整備の進展、③アクティビストの活発化という3つの大きな要素によって、近年、資本市場が上場企業の経営陣への“規律付け”のメカニズムとしていよいよ作用するようになってきました。特に2023年は「企業支配権市場元年」というべき年となったと認識しています。
第1章《企業支配権市場の成立と変遷》と第2章《アクティビストの全貌》では、これらをめぐる昨今の動向とアクティビストの実態について掘り下げています。
①株主構成の地殻変動とは、いわゆる「持ち合い」の解消です。第2次安倍政権下(2012年12月~14年9月)のスチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードの策定以降、漸進的に進展していたガバナンス改革ですが、ここ数年で速度は一気に加速しています。
たとえば、トヨタグループは23年、デンソーをはじめグループ会社の株式の保有割合について、20%をひとつの目安として引き下げていくことを公表しました。また大手損害保険各社についても、金融庁による要請を受けて、政策保有株をゼロにする方針を掲げました。さらに、過大な政策保有株式を保有する上場企業の経営トップは、機関投資家から株主総会で「反対行使」という形で選任にNOを突き付けられるようにもなっています。
②政府や取引所によるガバナンス改革やルール整備の進展については、23年の東京証券取引所による「資本コストや株価を意識した経営」に関する要請や、経済産業省による「企業買収における行動指針」(以下、指針)の策定などを指します。
これらにより、上場企業の経営者は否が応でも自社の株価水準を意識せざるを得なくなりました。また、真摯な買収提案であれば正当な理由なく拒むことは許されず、「望ましい買収」であれば仮に“同意なきもの”であっても積極的に受け入れるべきという規範や意識が急速に定着しつつあります。
③アクティビストの活発化は、上記の通り、東証や経産省といった”お上”がある種のお墨付きを与えたように見えることも追い風となり、アクティビストの活動も量・質双方の面でますます活発化しています。
本書では、アクティビストを、取締役の選解任や非公開化の要求などを通じ企業の支配権そのものに影響を及ぼす提案を行う「支配権介入型」と、バランスシートや資本配分の改善にフォーカスした提案を行う「非支配権介入型」に分類していますが、特に前者による「キャンペーン」の成功率が近年高まっています。
22年のフジテックを皮切りに、東洋建設やダイドーリミテッドなど、アクティビストのキャンペーンや株主提案によって、実際に取締役が入れ替わる事例が相次いだのも記憶に新しいでしょう。