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年末読書スペシャル!「ハラスメント」を考えるオススメ作品リスト(面白さ保証つき!)【野村彩弁護士の「ハラスメント」対策講座#12】

野村 彩:弁護士(和田倉門法律事務所)、公認不正検査士(CFE)

いよいよ年の瀬が迫り、冬至も過ぎて冷え込みが厳しくなってきた。何を差し置いても年末年始はコタツでのんびりしたい。そんな折、今回は年末スペシャルということで、ハラスメントや偏見についての理解を深めるにあたっての、お勧めの本をご紹介する。

ここでは、いわゆる実務本ではなく「お休みの間にゆっくり読みたい本」をテーマとして、読みものを中心にセレクトした。また、手に入りやすさも要素としている。プラスαでマンガと映像作品も滑り込ませた。テーマは「ジェンダー」と「偏見」の2つ、あわせて7作品。まずはジェンダーから!

疲れていても大丈夫!「ジェンダー」を考える3作品

金原ひとみ『YABUNONAKA −ヤブノナカ−』文藝春秋(2025)

性被害をテーマとする作品……と言うと、「うーん、読むのにちょっと体力要りそうだなー」と尻込みをしてしまうかもしれないが、その心配はまったくないのでご安心いただきたい。なぜなら数ページだけでも読み始めれば、もはや止めることができないほどに惹き込まれてゆくからだ。

本作品は複数の人間の視点から成り立つ群像劇である。第1章の「木戸悠介」では、は50代の編集者の語りから始まる。その後、作家の「長岡友梨奈」、編集部員の「五松武夫」、長岡の恋人の「横山一哉」……など複数の人たちが登場する。

まず驚くべきは、各人の状況や考えについての圧倒的な解像度である。それゆえに「こいつマジでクズだな……」と思ってしまうような人物ですら、「まあ、そう考えちゃうことってあるよね」という側面が存在し、多少の共感をしてしまう。

そして他方で、不甲斐ない私の代わりに闘ってくれているのかと感じさせるようなある登場人物についても、聖人君子としては描かれない。この人物もまた、確実に人を傷つけている。そこまでしないと闘うことができないという現実には、絶望しかない。

それにしても、作家という人種はここまで克明に人間というものを見つめることができるのだ、と思わせる一冊。ぜひとも長期休暇中に、“藪の中”に分け入る壮絶な経験を味わってみていただければと思う。

チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』ちくま文庫(2023)

韓国における女性差別を描いた……と言うと、また「あ、そういうのはいいです」という方がいらっしゃるかもしれないのだが、ちょっと待って! 序章「二〇一五年秋」の章だけでも立ち読みしてみて! とお願いしたい。

冒頭は、主人公でチョン・デヒョン氏の妻であるキム・ジヨン氏が、突然おかしくなってしまうところから始まる。デヒョン氏は恐怖を覚えるのだが、物語はそこからいったん時を遡り、1982年から少しずつ現代に戻ってくる。

内容はお読みいただきたいが、淡々とした筆致が、読む側をさらにゾッとさせる。ちなみに文庫化されているため、帰省時のお供にもおすすめの一冊(夢中になって当職は電車を乗り過ごしたので、そこはご注意を……)。

ヤマシタトモコ『違国日記』全11巻 祥伝社(2017-23)

こちらは漫画作品。「このマンガがすごい!」でランクインするなどしており、映像化もされているため、ご存じの方も多いかもしれない。

ここでは、2018年の医学部入試不正問題のことが、メインテーマではないのだが、エピソードのひとつとして描かれている。東京医科大学などで女性合格者を減らすため、入試の得点操作が行われていたあの事件。これについて当事者である女性の高校生がどのように感じるのか、当事者ではない我々はどう捉えればいいのか、考えさせられることになるだろう。

この話のほか、登場人物の1人である塔野弁護士と、元エリート銀行員の笠町くんが、「男らしさ」について話すちょっとした会話も含め、現代が秀逸に切り取られた作品である。

とはいえ、何より純粋にマンガとして面白いし、主人公の叔母のマキオちゃんが素敵すぎるので、ぜひとも全巻大人買いしてみていただければと思う。

自身の“偏見”に気づき、多面的な視点を得るための4作品

市川沙央『ハンチバック』文藝春秋(2023)

第169回、芥川賞受賞作。

当職は女性であるため、男性社会において常に「自分はマイノリティである」との認識があるのだが、この作品は、そういった人間に対しても「マジョリティの驕り」を激しく突きつける。 本書では、先天性の疾患を持つ主人公が、厚みが3、4センチある本を両手で押さえて読む行為の困難さが記される。紙の本を読むということは「目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、――5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモ*1であると述べる。

*1 『ハンチバック』26頁

この記述は、脳天気に「やっぱり紙の本って良いよね〜。Kindleってなんか味気ないよ」と述べていた自分に強烈な一撃を喰らわせるものであった。

当職はすでに述べた通り、性別という意味ではマイノリティであるため、本連載では「マイノリティ代表でござい」というような不遜な態度をとってしまったりして恐縮なのであるが、他方で、上記「5つの健常性」という視点からはマジョリティだし、日本に住む日本人という文脈でもマジョリティであり、学校教育を受けたという点でもまたマジョリティであって、さまざまな側面でのマジョリティであるがゆえの愚鈍さ、無神経さを、私自身、常に保有している。

「自分は偏った視点など持ち合わせていない」と考えている人にこそ、お薦めの一冊。

なお、なかなかに激しい性描写があるため、購入にあたっては最初の数頁を確認していただいても良いかもしれない(その点を含めて本書の芸術性があると個人的には思うのだが)。

テレビドラマ『Sherlock(シャーロック)』BBC、マーク・ゲイティスほか脚本、コナン・ドイル原作(2010-17)

社内のハラスメント相談窓口に寄せられるもののうち非常に多い類型が、上司と部下の不和による言い合い、である。部下が上司に対しキツめの言葉を投げかけ、ムッとした上司が不機嫌に対応し、それに腹を立てた部下がまたネガティブな態度を取り、上司がいい加減腹に据えかねて大声を出してしまう……というパターン。実に「あるある」である。

発端としては、部下が「言われなかったからやりませんでした」「それ、やる必要あります?」など、「そんな言い方せんでも……」という表現をしていたり、周りへの配慮が欠けていたり、何かと自分勝手だったりなど、「まあ、上司がイラッとするのも分からんではない」ということがある。

他方で人間関係でトラブルを起こしにくく、誰とでもうまくやるコミュ強な上司も、ときどきいらっしゃる。そういう方々の特徴としては「まあ、いろんな考え方があるよね」という見解があるように思う。で、職場の問題社員などに対しても「あの人にもあの人なりの理屈があるんだよね」と言ったりする。

このような、仮に問題のある人であってもその人なりの論理があるものだ、という考え方は(だからといって許されるかは別だとしても)、不和の予防に役立つことが多い。そこで自分とは違う人間の描写に没入するため、極端な人物としてご紹介したいのが、かの有名なシャーロック・ホームズである。

この作品は英国のBBCがコナン・ドイルの原作をもとに制作した現代版シャーロック・ホームズである。現代版、なのでシャーロックはブラックベリーやスマホを駆使するし、ワトソンくんはブログを書いている。シャーロックは自身の特性を「High-functioning Sociopath(高機能社会不適合者)」と表現している。

そして本作品において、マネジメントの観点から同情しかないのがレストレード警部である。

レストレード警部はシャーロックの上司ではないのだが、シャーロックに仕事をしてもらわなければならない立場として、委託先、つまり「顧客をバカにしており、なんなら自分以外の全員を下に見ている、が、めちゃくちゃ有能」な人をマネジメントしなければならない。

もちろん警部の部下たちはシャーロックのことが大嫌いである。ハラスメントまがいのことを言ったりもする。警部は板挟みになり、いつも困っている。だけどシャーロックが危機に陥れば心配するし、戻ってきたら心から喜ぶ。

何が言いたいのかと言うと、シャーロックにはHigh-functioning(めちゃくちゃ有能)な面とSociopath(反社会的人間)な面があり(他にもいろいろな面があるが)、仮にレストレード警部がSociopathな面にしか着目しておらず、“使えない委託先”と断じてシャーロックへの依頼を止めてしまっていたら、多くの事件は迷宮入りしてしまっていただろう、ということである。

マネジメントとして従業員を評価するとき、自身の視野が一部の側面だけにとどまっていることがないか、改めて考えてみなければと思わせる作品である。

村田沙耶香『コンビニ人間』文春文庫(2018)

次にご紹介する「個性的」な方は、本書の主人公の古倉恵子さんである。古倉さんは「コンビニ人間」として、日々コンビニで業務を取り行っている。

古倉さんがどう個性的なのかというと、小学校に入った頃に男子が取っ組み合いのけんかをして「誰か止めて!」という悲鳴があがったので、そうか、止めるのかと思ってスコップでその男子の頭を殴ったところ、男子は動きが止まり、周囲は絶叫に包まれたが、止めろと言われたから一番早そうな方法で止めただけだ、というエピソードが冒頭で描かれている。

もし自分が会社勤務をしていて来期から古倉さんの上司ね、と配属されたら途方に暮れてしまいそうだが、しかしながら、古倉さんは業務においては実に優秀なコンビニ人間=コンビニ店員さんなのである。何を途方に暮れる必要があろうか。

目がくらくらするような体験を味わわせてくれる、こちらも第155回芥川賞受賞作品。

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』上巻・下巻 ハヤカワ文庫(2014)

最後の一冊は例外としてノンフィクションとした。ノーベル経済学賞受賞の著者が、行動経済学の考え方を一般向けに分かりやすく解説してくれる良書。

当職が企業さまでパワーハラスメントの研修をすると、「いやー先生そうは言っても、強めに指導することで伝わることもあるじゃない?」とご意見をいただくことがある。

本書では、著者がイスラエル空軍の訓練教官に、失敗を叱るより能力向上を褒める方が効果的だ、という説明を行ったときのことが紹介されている。講義が終わると受講生の一人のベテラン教官が、たしかに動物実験ではそうなのかもしれないが、飛行訓練生に当てはまるとは思えないとして、こう述べた。

「訓練生が曲芸飛行をうまくこなしたときなどには、私は大いに褒めてやる。ところが次に同じ曲芸飛行をさせると、だいたいは前ほどうまくできない。一方、まずい操縦をした訓練生は、マイクを通じてどなりつけてやる。するとだいたいは、次のときにうまくできるものだ。」*2

*2 『ファスト&スロー』上巻311頁

だから実態は実験とは反対である、と言うのである。

これに対する著者の反論が実に痛快で論理的。その内容は、ぜひとも本書を実際にお手に取って確認してみてほしい。

以上、長期休暇中にゆっくり手に取りたいいくつかの作品を紹介させていただいた。

なお、「まあ面白そうなんだけど、年末年始とはいえ、なかなか仕事と直接関係のない小説を読む気になれないんだよな……」という方には、いま大人気の文芸評論家・三宅香帆さんによる『なぜ働いていると本が読めないのか』(集英社新書)をお勧めする。もうタイトルからして共感しかないのだが、書店で「パンみたいに売れてる」*3のも納得の、現代のビジネスパーソンが直面する読書課題についての秀逸な分析がなされた本である。

*3 三宅書店チャンネル「なぜ『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は売れたのか」
https://youtu.be/5KtKRgy1d74?si=EOa-pKHa6HoRvcgV

それではみなさま、本年は本連載での当職の戯言に辛抱強くお付き合いいただき、大変にありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。

良いお年を!

(毎月1回連載)