岩崎弥太郎「魚は招いて来るものではなく、来るときに向こうから勝手にやって来るものである」の巻【こんなとこにもガバナンス!#6】

栗下直也:コラムニスト
「こんなとこにもガバナンス!」とは(連載概要ページ)
「魚は招いて来るものではなく、来るときに向こうから勝手にやって来るものである。」
岩崎弥太郎(いわさき・やたろう、実業家)
1835~1885年。土佐(高知県)の地下浪人の岩崎弥次郎の長男。藩営の商社であった「土佐商会」で手腕を発揮し、頭角をあらわす。1873年三菱商会社長。台湾出兵、西南戦争などでの軍需輸送を一手に握り、海運界を支配する。鉱山、造船などに事業を拡大し、三菱財閥の基礎を築く。
「天の道」にそむきまくって渋沢栄一を追い詰めた岩崎弥太郎
岩崎弥太郎のイメージというと大河ドラマ「龍馬伝」で香川照之が演じた役が非常に印象深い。何を考えているかわからなく、目的のためには何でもする。天下の三菱グループのエリートサラリーマンが激怒しそうな怪演ぶりだったが、岩崎の実像とそこまでかけ離れていないのではないかと言ったら怒られるだろうか。
岩崎家家訓その一は「天の道にそむかないこと」。つまり、悪事を働いてはならないということだが、岩崎がライバルとの競争に手段を問わなかったことは広く知られる。たとえば、渋沢栄一との海運会社での死闘だ。
西南戦争で巨利を占めた岩崎は手段を選ばずに事業を拡大し、海上運輸を独占していた。この状況を健全ではないと考えた渋沢は財閥の三井や地方の豪商と手を組み、巨大海運会社を立ち上げる。当然、岩崎にしてみれば面白くない。側近を地方に派遣し豪商たちを懐柔し、弱体化に奔走した。
三菱側に寝返らせるためにはなりふりを構わず、「渋沢が相場で損を出して、その穴埋めのため会社をこしらえ、カネ集めを始めた」「渋沢は自殺を図ったが、一命は取り止めた」などと怪情報を流しまくる。「やられたらやりかえす」にしても、さすがに勝手に殺しかけたらまずいだろうと思うのは私だけではあるまい。「天の道」にそむきまくっている。
怒りが収まらない岩崎は反撃の手を緩めない。三井の牙城だった東京株式取引所株を買い占め、三井グループで占められていた役員陣を追い出してしまう。同時に渋沢の資金源だった東京米商会所まで乗っ取ってしまう。
そこまでされたら、渋沢も黙っていない。政府や三井を巻き込んで海運会社(共同運輸)を新たに設立して、岩崎に再度宣戦布告する。産業史に名を残した二人のガチンコ勝負だ。両社の競争は日を追って激しさを増し、神戸-横浜間の運賃が下等船客5円50銭だったのが価格競争の末、55銭まで下がる。チキンレースで双方が共倒れ寸前になり、合併に向かう。資本金は渋沢の共同運輸600万円、岩崎の郵便汽船三菱会社が500万円で計1100万円の巨大会社である。今の日本郵船の誕生だ。
だが、表向きの出資比率では渋沢が上だが、実質は岩崎の会社だった。岩崎は共同運輸の株を買い集め、共同運輸の株主の過半数は実質三菱側に回っていた。岩崎にとって渋沢の会社との合併こそ、悲願だった。実際、渋沢に合併を申し出たこともあった(渋沢は拒否)。外堀を少しずつ埋め、”大魚”を得たのである。
網を用意していないとチャンスはつかめない
冒頭の言葉には続きがある。「だから、魚を獲ろうと思えば、常日頃からちゃんと網を用意しておかなければならない。人生すべての機会を捕捉するにも同じことがいえる」。土佐の極貧生活から学問によってはい上がり、躍進のチャンスを絶えずうかがっていた岩崎らしい名言だ。「自信は成功の秘訣であるが、空想は敗事の源泉である」とも言った。人生もビジネスも夢想しているだけで行動が伴わなければ成功はあり得ない。
(月・水・金連載、#7に続く)
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