ハラスメント被害を受けたら、誰に何を請求できるのか?〜ハラスメント「基礎のき」コーナー〜【野村彩弁護士の「ハラスメント」対策講座#18】

野村 彩:弁護士(和田倉門法律事務所)、公認不正検査士(CFE)

ここのところ、本連載のタイトルである「アップデート」という言葉を意識して、比較的新しめの事象を解説してきた。なのだが、たまには、ということで、基本に立ち返って、ハラスメントの法的な知識について述べようと思う。

今回は、職場でハラスメント被害を受けたときに、被害者は法的にどのような請求ができるのか、ということを整理したい。

例えば、A社のB部長が、部下のCくんに対し「なんでこんなこともできねえんだよ! クズが! 死んだほうがよくね?」と言ったとする。前後関係がどうあれ、これはおそらくパワーハラスメントになるだろう。このとき、CくんはB部長に対してどんな請求ができるだろうか。

もちろん、Cくんとしてやれること、という意味では、さらに悪質な発言を取り上げて、侮辱罪としてB部長を刑事告訴してみてもいい。また、B部長が懲戒処分されることを目指して、内部通報をしてもいいかもしれない。だが、いったん今回は、「お金」を何か請求できないかという視点で考えてみたい。

“悪いヤツ”を雇っている会社もまた、責任を負う

「お金」の話となると、スタートラインとなる法律は、なんといっても民法である。

まず、「誰に」請求するかという点。当然ながら、まずもって筆頭候補はB部長である。

B部長に対する請求の法的な根拠は、民法709条に定められる不法行為だ。不法行為に基づく請求とは何かというと、「仮に契約関係にない人同士であっても、相手から何か不当なことをされて、損害を受けたのであれば、誰であっても、その損害を請求することができる」という決まりである。もちろん前提として、相手がわざとやったか、または過失があったこと、また、相手の行為と損害との間に因果関係があることは必要となる。

次に、B部長ではなく、会社に対してお金を請求することが考えられる。Cくんの被った損害が多額にのぼる場合、B部長には払いきれないかもしれない。しかし、会社ならたくさんお金があるだろう。実際、報道でも、よくハラスメント事件において、被害者が会社を訴えたと公表されたりしている。

だが、別にA社としては、組織ぐるみでCくんをいじめたというわけではない。会社経営陣のあずかり知らぬところで、B部長が勝手な発言をしただけだ。それなのに、なぜ会社がお金を請求されなければならないのだろうか。

まずひとつは「使用者責任」と言う考え方である。従業員を「使用」する「者」は、従業員が仕事中に不法行為により誰かに損害を与えたら、その不法行為についての責任を負わなければいけない。他人の労働力を利用して事業を行い、利益を収める者は、その活動から生じる損害についても責任を負うべし、という考え方である。

一応、「使用者」が「相当な注意」をした場合は免責、という但し書きはあるのだが、ハラスメントの場面ではほとんど適用されない。したがって、CくんはA社に対し「B部長みたいなヤツを雇った以上は、雇った側の責任として、ハラスメント行為の責任を取りなさい」と言える。

次に、この不法行為とは別個の法的な根拠として、Cくんは、A社に対して「契約違反だ」ということができる。なぜなら、A社はCくんとの間で締結した労働契約において安全配慮義務を負っているからだ(労働契約法5条*1)。CくんはB部長からひどいことを言われており、「安全」が脅かされている。それはきっとA社がきちんとCくんの「安全」に「配慮」しなかった故であろう。つまりA社は安全配慮義務違反=契約上の義務違反として、いわば債務不履行責任を負う可能性が高い。

そして、債務不履行をしでかしたら損害を賠償してね! ということは民法にバッチリ書いてある(民法415条1項*2)。

*1 労働契約法(労働者の安全への配慮)第五条「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」
*2 民法(債務不履行による損害賠償)第四百十五条「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。(以下略)」

というわけでCくんは、不法行為を根拠にB部長に請求してもいいし、不法行為に紐づく使用者責任または労働契約上の債務不履行を根拠にA社に請求してもいい。「B部長、憎し!」ということでB部長に請求してもいいし、A社のほうがお金はあるだろうなーなどの判断からA社に請求してもいい。どっちでもいいので、好きに選んで良い。裁判では両方いっぺんに訴えてしまうことが多い。

で、いくらもらえるの?

誰に請求するか決まったところで、つぎはいくら請求するかを考えよう。

Cくんは、B部長の度重なる悪辣な発言のせいで、とうとううつ病になってしまった。何回も何回も病院に通い、治療費が嵩んだ。このままでは仕事を続けられないと思って、別の上司に相談したが、「そんなのはお前が甘いだけだ。仕事をして見返してやれ!」と言われるだけだった。

勇気を出して会社の内部通報窓口に相談しだが、何も変わらなかった。噂によると、「営業成績が抜群のB部長に辞められたら困るから、通報など黙殺しろ」という指示が、役員からあったらしい。Cくんは仕事が好きだったが、体調を崩してうつ病が悪化し、まったく家から出ることができなくなり、とうとう会社を辞めることになってしまった。次の仕事はまだ見つかっていない。

この場合、大きく分けると、Cくんは、①うつ病の治療にかかった費用、②いじめられたこと自体でキツい気持ちになったことへの償い=慰謝料、③パワハラのせいで退職することになり、お給料をもらえなくなってしまったことへの償い=逸失利益、④弁護士費用――を請求できそうだ。

治療費としては、初診料、再診料などを含む診察料のほか、投薬料、注射料、検査料、画像診断料、診断書の作成料などが考えられる。医師の診断に基づく薬の代金ももちろん請求できる。自費診療やカウンセリング料などは場合による。

慰謝料はケースバイケースとしかいえないが、100万円以上になることもある。

高額になるのは逸失利益である。パワハラによって「逸失」した「利益」、つまり、パワハラがなければ働けたのにパワハラのせいで働けなくなった! という場合、「もし働けていたらもらえるはずだった給料」が損害となる。そんなに長期で認められるものではないが、「再就職するまでにはこのくらいの期間が必要だよね」という期間として、数カ月分は認められることがある。なお、あまり考えたくはないが、仮にCくんがパワハラを苦にして自殺してしまった場合、その逸失利益は定年までのものをベースに計算がされるため、数千万円から億単位になることも珍しくない。

弁護士費用については、弁護士に払った報酬がそのまま認められるのではなく、だいたい損害の1割が弁護士費用として計上されることが多い。ここは割とシステマチックに決まる。

会社が払ってくれたぜ、ラッキー!…とはならない加害者B部長

さて、ここで「誰に」の話に戻ると、先ほど述べたとおり、Cくんは上記の金額をA社に請求してもいいし、B部長に請求してもいい。そして、請求された方は、原則としていったん全額を支払わなければならない。

例えば、諸々の賠償金額が100万円となったとして、A社は、Cくんから請求されたときに100万円全額を支払う必要がある。A社として「いやいや、うちの使用者としての責任は、ゼロとはいいませんけど、全額じゃないでしょお〜。せいぜい3割くらいじゃないっすかね? なので30万だけ払いますから、残りの70万円はB部長に請求してくださいよ」……とは言えない。

……なんで被害者のCくんがそんな面倒くさいことしなきゃいけないんだよ! いいから四の五の言わずにさっさと100万円払えよ! 「B部長にも負担する部分ガ〜」とか言うならお前(A社)が自分でB部長に請求せえよ!……ということである。

こういうのを法律用語で不真正連帯債務という。

なおCくんとしては、A社に100万円を支払ってもらったら、もうB部長に請求をすることはできない。Cくんの損害はA社からの100万円の支払いにより治癒されてしまっているからである。

では、A社が払ってくれたらB部長は払わなくてすんでラッキー!……なのだろうか。もちろん、話はそう簡単ではない。

A社としては、Cくんに100万円払ったあと、会社からB部長に「オイ、お前が払うべき70万円をウチで立て替えて払っといてやったぞ。70万円、返せ」と請求することができるのである。こういうのを求償権という。

まあB部長としては「ええー、70万円は多くないっすかー、会社だってちゃんと対応しなかったとか裁判所に言われてたじゃないっすかー。オレの負担分はせいぜい20万円くらいじゃないっすかー?」と思うかもしれない。それなら、そう反論すればいい。

このようにして、A社とB部長でやいのやいのやって、100万円を両者でどう割り振るのかを決めることになる。

しかしながら、こんなわちゃわちゃにCくんを巻き込んではいけないのである。つまり、「いったんどっちかに全額請求できる」という不真正連帯債務の制度は、被害者救済のためにあると言える。

以上が、ハラスメント被害にあったときの民事上の損害賠償請求にかかる簡単な解説である。また今後も、ときどきは、アップデートだけではなく「ハラスメントの基本のき*3」 についても取り上げていきたいと思う。

*3 今回のタイトルは尊敬する先輩の書籍『債権回収 基本のき』(商事法務)からオマージュさせていただいた。債権回収の部署に異動となったみなさま! こちらの本はものすごく実務的で、これ一冊あれば法的な面は大体なんとかなる素晴らしい書籍なのでハラスメントとはほとんど関係ないが、ぜひ(勝手に)ご紹介させていただきたい。一社に一冊。

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