【八田進二の「監査とガバナンスの未来」#3】昭和31年改訂「監査基準」と改訂「監査実施準則」の内容

前回記事

すでにみたように、1951年(昭和26年)7月からの、およそ5年間にわたるウォーミングアップ期間である「制度監査」を経て、1957年(昭和32年)1月1日、ようやく財務諸表全般にわたる「正規の監査」が始まることになった。

これにより、現在言うところの財務諸表の信頼性を検証する全面監査がスタートしたわけだが、それに先立つ1週間ほど前の1956年(昭和31年)12月25日、大蔵省(当時)の諮問機関である企業会計審議会は「改訂監査基準」および「改訂監査実施準則」に加えて、新たに「監査報告準則」を公表している。

今回は、この昭和31年の改訂監査基準を軸に話を進めたい。

監査の基準と、監査の実施および報告に関する準則の設定について

監査一般基準

1956年(昭和31年)改訂の「監査基準」を見ると、実のところ、体系そのものは今と大きくは変わっておらず、その構成は「監査一般基準」「監査実施基準」「監査報告基準」の3つから成り立っている。ただ、その後、1966年(昭和41年)に改訂されて以降は、表題の「監査」という語句は削除され、それぞれ、「一般基準」「実施基準」「報告基準」という表記に変更になった。

最初の「監査一般基準」は、監査の意義と監査人の適格性の条件および監査人が守るべき規範を明らかにする原則であり、監査自体、相当の専門的能力と実務上の経験とを備えた監査人にして初めて、有効適切にこれを行うことができると規定している。

監査実施基準

次の「監査実施基準」は、監査を実際に行っていくに当たっての監査手続の選択適用を規制する原則である。ただし、監査実施基準は、企業の種類または規模のいかんにかかわらず、あらゆる場合に妥当すべき根本原則であるため、その内容は、自ずから一般的な制約にとどまらざるを得ないのである。

したがって、こうした抽象的な基準のみでは監査慣行が十分に確立していないわが国の昭和30年代当時の実情を踏まえ、監査の社会的信用を確保するためにも、さらに具体的な監査実施の要件を定めて、監査人の任務の範囲を明示する必要性から、この監査実施基準を補足するものとして、「監査実施準則」が設定されているのである。

監査報告基準

最後の「監査報告基準」は、最終的な監査の成果物である監査報告書の記載要件を規律する原則として、正規の監査開始の直前に、全面的な見直しがなされた。

ところで、監査報告書は、監査の結果として、財務諸表に対する監査人の意見を表明する手段であるとともに、監査人が自己の意見に関する責任を正式に認める手段である。したがって、その内容を簡潔明瞭に記載して報告するとともに、責任の範囲を明確に記載して意見を表明することは、利害関係人ばかりでなく、監査人自身の利益を擁護するためにも重要なのである。

なお、監査報告基準に対して、新たに「監査報告準則」が制定された趣旨も、監査実施基準と監査実施準則の関係とまったく同様である。つまり、監査報告基準は、およそ職業的監査人が行う正規の財務諸表監査における監査報告に関する根本原則であるが、こうした一般的な基準だけでは監査報告に関する慣行が未成熟な状況下では十分ではないことから、監査報告書の基本的様式、監査範囲に関する記載事項、財務諸表に対する意見の表明等に関して具体的な要件を明確にするとの視点から、監査報告基準を補足するものとして監査報告準則が設定されているのである。

 ところで、この昭和31年改訂の「監査基準」の設定に際して付された前文「監査基準の設定について」の以下の記述は、わが国の「監査基準」の性格を明確に示しており、その後の「監査基準」の改訂等に際しても、引き継がれていくのである。すなわち、

「監査基準の設定は、徒に監査人を制約するものではなくして、むしろ監査人、依頼人及び一般関係人の利害を合理的に調整して、監査制度に確固たる基準を与え、その円滑な運営を図ろうとするものである。」

監査一般基準が定める監査人の適格要件と独立性

「第一 監査一般基準」の第一では「企業が発表する財務諸表の監査は、監査人として適当な専門的能力と実務経験を有し、且つ、当該企業に対して特別の利害関係のない者によつて行わなければならない。」として、専門能力と実務経験を備えたものとして、また、企業に対して特別の利害関係を持たないとする身分的および経済的な独立性について規定することで、監査人としての「適格性の基準」を定めている。

加えて、第二では、事実の認定、処理の判断および意見の表明に際して公正不偏の態度を保持すべきとする「精神的独立性の基準」を定めている。

第三では、監査の実施および報告書の作成について、職業的専門家としての正当な注意をもって行うべしとする「正当な注意の基準」を定めている。

最後の第四では、監査人は、業務上知り得た事項を正当な理由なく漏洩ないし窃用してはならないとして、「秘密保持の基準」を定めている。なお、この秘密保持については、公認会計士法にも規定されているところであるが、監査人の職業倫理としても極めて重要な規定といえる。

ところで、監査人の生命線ともいえる独立性については、上記の第一の適格性の基準に包含されている身分的および経済的な独立性である「形式的独立性(外観的独立性)」と第二の公正不偏の態度である精神的独立性(実質的独立性)の2つの視点から、厳しい要請がなされているのである。なお、形式的独立性の細目については公認会計士法はじめ、関連法規で規定されているため、監査一般基準については、監査一般準則なるものは規定されていない。

1950年代の東京・数寄屋橋界隈

監査実施準則における監査手続の内容

昭和31年改訂では監査実施基準、監査報告基準ともに昭和25年のものから項目の集約がなされているが、ここでは双方の「準則」に焦点を当てたいと思う(監査報告準則については次回)。

正規の監査手続とその他の監査手続

準則のひとつめ、監査実施準則は監査の実際のやり方が詳細に記載されているものであるが、まず、監査手続を「正規の監査手続」と「その他の監査手続」に二分するとともに、正規の監査手続は、通常実施すべき監査手続として選定したもので「実施可能にして合理的である限り」省略してはならないものと定めている。一方、その他の監査手続は、監査人がその時の事情に応じて、必要と認めた一切の手続をいい、監査人の判断によって適当に選択されるものである。

さらに正規の監査手続については、内部証拠を求めて、会計記録の正確性または妥当性を確かめる「一般監査手続」と、一般監査手続を補充するために外部証拠を求めて、会計記録の正確性または妥当性を確かめる「個別監査手続」に区別している。なお、内部証拠を求める監査手続には、証憑突合、帳簿突合、計算突合等がある。一方、外部証拠を求める監査手続には、実査、立会、確認、質問、勘定分析等がある。

 いずれにせよ、監査人は、監査の実施にあたって、単に正規の監査手続のみでなく、その他の監査手続も必要と認める限り、これを選択し適用しなければならないのである。

監査手続と監査技術

ところで、監査論的な視点からは、古くから、監査手続と監査技術を峻別して理解してきているのである。つまり、「監査技術」とは、監査人の意見表明の基礎となるべき証拠を求める手段をいい、具体的には、証憑突合、帳簿突合、実査、立会などのように監査人が証拠を求めるために利用する一般的な用具であり、その特徴に応じて、いろいろな局面に利用することができるものなのである。

これに対して、「監査手続」は、特定の監査局面において監査技術を選択し適用する方法または過程をいい、特定の監査項目とその項目に係る証拠の入手手段とを結びつけた監査技術の展開関係と捉えられるのである。このように、監査技術と監査手続を概念的に区別して理解する近代監査論の特徴とされていたが、こうした区別も、1991年(平成3年)の監査基準の大改訂以降は、多くの監査論のテキスト等でも、監査技術と監査手続の明示的な区別は放棄される傾向にあり、すべて、監査手続といった用語に一本化されるようになるのである。

精査と試査

次に、一般監査手続の適用は、「原則として、精査によらず試査によるものとする」と規定されていた。加えて、試査の範囲は、「企業の内部統制組織の信頼性の程度に応じ、適当にこれを決定する」と規定しており、当該内部統制組織が不十分であったり、または有効でない場合には、試査範囲を拡大するとともに、場合によっては、会計記録の全面的な調査を行う精査を必要とすることもあり得るとしている。

正規の監査手続の4区分

さらに、「正規の監査手続」については、それぞれの目的に即して、「第一 一般的事項の監査手続」「第二 取引記帳の監査手続」「第三 勘定残高の監査手続」そして「第四 決算記帳の監査手続」の4つに区分して規定している。

第一の一般的事項の監査手続は、とりわけ内部統制組織の信頼性を確かめるため、企業の会計制度の整備状況およびその運用の程度を調査するものである。第二の取引記帳の監査手続は、会計記録が「企業会計原則」に継続的に準拠しているか否か確かめることを目的としている。第三の勘定残高の監査手続は、資産および負債に関する勘定残高を確認するために行われる実査や実地棚卸の立会、あるいは外部への確認など、決算日の残高について確認する手続である。そして、第四の決算記帳の監査手続は、決算の整理記帳のために行われる決算整理が、「企業会計原則」に継続的に準拠しているか否か確かめることを目的としている。

このように、正規の監査手続の主眼は、財務諸表の監査を行うに際して、会計の処理と判断が「企業会計原則」に継続的に準拠しているか否かを確認することに置かれていることが分かるのである。

(#4につづく)

シリーズ記事

サイト内検索