「これは何のフグですか?」:毒の識別が容易でない個体が増加中
少し早いが、冬の美食「フグ」のシーズンがそろそろ始まる。ただ、最近では養殖ものをはじめ、年中、フグを食べられる環境となっている。それでも、毎年、10件程度の食中毒が発生し、いまだフグ毒で命を落とす人が絶たないという。フグは種類によって毒性部位が異なるため、食品衛生においては、種を正確に識別し、可食部位を確定することが安全確保の前提となる。
しかし現実には、既存の分類に容易には収まりきらない個体が一定数存在してきた。厚生労働省通知も、トラフグとカラス(毒性分布が安定しないことで知られるカラスフグの略称)の「中間種のような個体」の出現を想定し、その場合には両種に共通する部位のみを可食とする扱いを示している。
近年は、こうした「分類困難な個体」、いわゆる「雑種フグ」が例外的事象ではなくなりつつある。海水温の上昇や生息域の変動など気候変動の影響により、従来の毒性分布の前提が揺らぎ、毒の識別が容易でないフグが増加していると指摘されている。分類体系が想定していた「種ごとに安定した毒性部位」という前提が、環境変化によって徐々に崩れつつあるのだ。
こうした状況は、単なる食品衛生上の技術的な悩みにとどまらない。むしろ、我々が制度やその仕組みの中で「確認できないもの」をどう扱うべきかという、より抽象度の高い課題を考えるヒントを与えてくれる。
既存のカテゴリーに入らないからといって、直ちに危険とはいえない。しかし、危険でないと確認できない以上、安全ともいえない。この単純な構造を端的に示すのが、「Unknown(分からない)≠Safe(安全)」という原則である。
ところが企業実務では、この原則が驚くほど容易に取り違えられる。「不正とは断定できない」「違法とはいえない」「これまで問題はなかった」「担当者は大丈夫だと言っている」……。これらは、本来、事実の断片的描写にすぎないはずだが、組織の意思決定の過程で、いつの間にか「だから、そのまま進めてよい」という結論へと変換されてしまう。会議では誰も「安全だ」とは言っていない。それでも議事録には「特段の問題は確認されなかった」とだけ残る。
この小さな飛躍の積み重ねが、後になって重大な見落としとして姿を現す。フグの事例は、判断の省略が制度の隙となり得る構造を、微かながら確かな警鐘として印象づける素材である。

分類を前提にした制度の限界 :「こぼれ落ち」をどう扱うか
法律や社内規則は、現実をカテゴリーに分けることで機能する。適法/違法、正常/異常、重要/重要でない、利益相反/非利益相反、内部/外部等など。分類が明確であれば判断は容易になり、担当者の裁量のばらつきも抑えられる。
しかし、現実は必ずしもカテゴリーどおりには動かない。新しい取引形態や技術が現れ、サプライチェーン(供給網)や市場環境が変化し、これまで想定していなかった境界領域が生まれる。
フグの世界で既存の分類だけでは扱いにくい個体が現れるように、制度の「分類の枠」はしばしば現実の複雑さに追いつかない。問われるべきは、分類体系そのものの誤りではなく、体系が現実を完全には捉えられないことを、制度自身がどこまで織り込んでいるかである。
分類に頼りすぎると、分類からこぼれ落ちた事象を見落とす。この「こぼれ落ち」をどう扱うか。そこにガバナンスの本質的な課題が潜んでいる。
「分からない」を独立したカテゴリーとして扱う
企業では、通常、事象は「問題がある」か「問題がない」かの二択で処理される。しかし、実際のリスク管理には、その間にもうひとつ、見落とされがちな「まだ分からない」という状態がある。
不自然な取引。違和感のある数字。事実未確認の内部通報。出典を検証していないAI(人工知能)の提示情報……。これらは、直ちに「問題あり」とも「問題なし」とも言えない。にもかかわらず、実務ではしばしば、コンプライアンス上の曖昧な事象までもが自動的に「問題なし」へと吸い寄せられていく。
未知のビジネスに挑む「戦略的リスク」において周到な分析を踏まえて果敢に不確実性にチャレンジするのは経営の才覚である。しかし、事実関係の不透明さを「問題なし」と放置することは、挑戦ではなく単なる検証義務の放棄だ。過去、違法行為の疑いを放置した経営陣が、裁判で「経営判断の名に値しない」と断罪された事件(ダスキン事件等)がその典型である。
「分からない」を独立したカテゴリーとする目的は、決断の保留ではなく「調査・検証」プロセスを確実に起動させることにある。足元の事実確認から目を背けない確固たるガバナンスこそが、経営の果敢な挑戦を根底で支えるのである。実務において曖昧な事象が「問題なし」に吸い寄せられてしまう背景には、そもそも「分からない(保留)」という公式な選択肢が存在しない、あるいは機能していないという要因がある。
保留とは、問題の有無を決めつけず、判断を急がず、確認可能な状態に事象を留め置くための制度上の中間地点である。白黒つかない事象に直面した際、読者は(筆者も)、しばしば個人の心証や勘に頼っていないだろうか。しかし、個人の「まあ大丈夫だろう」という安心感や、時に権力関係に基づく恣意的な判断は、組織の意思決定を静かに、しかし確実に歪める。
必要なのは、事象を認識した時点で属人的な感情を排除し、まずは「保留」という客観的かつ正式なステータスに置くことである。保留を制度化するとは、「分からない」という状態そのものに、記録・報告・確認という具体的な手続きを与え合理的な検討を行い、行ったことの証跡を残すことと同義なのだ。この「第三のカテゴリー」を制度として扱えるかどうかが、後続の検証・エスカレーション・学習の質を決定する。つまり、保留は単なる曖昧さの棚上げではなく、ガバナンスの起点として設計されるべき状態なのである。
航空安全のヒヤリハット:事故にならなかったことを情報にする
ここで、一見無関係に見える航空安全の世界に目を向けたい。航空安全では、実際の事故だけでなく、「危なかった」「あと少しで事故になった」というヒヤリハットを収集し、事故防止のための重要な情報として活用する仕組みが整備されている。日本でも、国土交通省が設けた「航空安全情報自発報告制度(VOICES)」は、報告者保護のため第三者機関が運営し、義務報告では捉えきれない安全情報を広く集め、専門家の分析と関係者への共有を通じて事故予防に資している。
ここでの発想は明快だ。事故が起きてから調べるのでは遅い。事故にならなかった事象にも、学ぶべき意味がある。この考え方は、企業の内部統制にもそのまま通じる。不正や法令違反、重大事故という「結果」だけを管理するのではなく、「今回は事故にならなかったが、何かがおかしかった」という情報を組織的に拾い上げることが重要である。
説明がひとつだけ噛み合わなかった取引。担当者が抱いた「何となく変だ」という違和感。内部通報には至らないが、複数の社員が口にした懸念……。これらは必ずしも不正そのものではなく、不正と関連性が強いことを意味するものでもないが、かといってそのままスルーしてよい情報でもない。
むしろ、こうした「未確定の違和感」こそが組織が学習することを要する最も早期のシグナルである。ヒヤリハットは、異常の証明ではないが、異常かもしれないという小さな情報を、組織の学習対象として制度的に扱う仕組みである。

ゼロトラスト:見た目の正常性を信用しない
もうひとつ、サイバーセキュリティの世界から示唆を借りたい。
「ゼロトラスト」は、ネットワーク境界や所属、過去の認証といった理由で対象に暗黙の信頼を与えることを避け、アクセスの都度、必要な認証・認可・リスク評価を行うという考え方である。
この発想をフグに置き換えれば、「トラフグらしく見える」としても、それは「トラフグである」ことを証明したことにはならない。企業の取引に置き換えれば、「通常の取引に見える」からといってそれは、「実態として正常である」ことを何ら保証するものではない。生成AIが広く使われる現在では、「判例・裁判例らしい記述」であることと、「実在する判例に基づく情報」であることが同じではないのも当然である。
過去の実績や形式的な分類は、判断の出発点にはなっても安全性の証明にはならない。見た目の正常性は、最も誤解されやすい「安心のシグナル」である。ヒヤリハットが「小さな違和感を拾う仕組み」であるとすれば、ゼロトラストは「見た目の正常性を、安全の証明にしない仕組み」である。
両者は、異なる領域の概念でありながら、「Unknown(分からない)≠Safe(安全)」という原理を、実務の言葉として具体化する点で響き合う。見た目の正常性を鵜呑みにせず、違和感を拾い上げ、判断を急がず、「保留」という正式なステータスに置けるかどうか。ゼロトラストは、企業がこの姿勢を制度として持てるかを問う概念でもある。
法務に求められるのは、二択の判定だけではない
この問題は、法務部門の役割にも直結する。経営者から法務に「これは違法なのか」と問われる場面は多い。しかし実際には、その前段として必ず「これはどのような実態のものなのか」という問いがある。取引の実態。相手方との関係性。AIが示した情報の出典。数字の異常の原因。これらが分からないまま、違法性の判定だけを急いでも意味はない。「違法とはいえません」という回答は、法的には正しい場合がある。しかし、その言葉が組織内で「だから進めてよい」と翻訳されてしまうなら、ガバナンス上の問題は依然として残る。
法務には、「違法ではないこと」と「通常どおり処理してよいこと」を区別する役割がある。「弁護士が問題ないと言った」。この一文だけが決裁の過程で強調され、前提の「ただし、事実関係は未確認である」という留保がいつの間にか消えてしまう。
だからこそ法務は、提示する判定が「どこまでが確認済みの事実で、どこから先は前提条件に依存しているのか」という範囲と前提を、意思決定者に明瞭に示す必要がある。法務の仕事は、リスクをゼロにすることではない。分からないものを、分かったことにしてしまわないことである。
内部統制に「保留」という第三の選択肢を組み込む
ここまでの議論を踏まえると、内部統制のモデルは少し更新できる。従来は「発見→調査→是正」という直線的な構造で捉えられがちだった。しかし、発見と調査の間には、必ず「これは何なのか、まだ分からない」という空白が存在する。この空白を制度として扱うために、内部統制を次の5段階で捉えたい。
(1)感知 小さな違和感を拾う
(2)保留 即座に「問題なし」とせず、分類未了として扱う
(3)検証 事実・データ・来歴・根拠を確認する
(4)エスカレーション 必要に応じて法務・コンプライアンス・内部監査・経営陣に共有する
(5)学習・更新 個別案件で終わらせず、ルール・監視方法・教育・データ収集を更新する
この5段階のうち、実務で最も脆弱なのは(1)から(2)への移行である。多くの組織には違和感を報告する窓口は存在する。しかし、報告された情報が「保留」という正式なステータスとして扱われず、担当者限りの雑談や記憶に留まれば、組織としては何も検知していないのと大差ない。
したがって、誰が、いつ、何を保留にしたのかを記録として残す仕組みそのものを、内部統制の一部として設計する必要がある。 最後を従来の「是正」ではなく「学習・更新」とするのは、未知のリスクは一度対応しても形を変えて再び現れ得るからである。
固定されたルールから、学習するガバナンスへ
法律や社内規則を、完成されたマニュアルとして扱うだけでは、現代社会の目まぐるしい環境変化には対応しきれない。重要なのは、ルールをつくることに加えて、ルールからこぼれ落ちた事象を発見し、その情報を次のルールに反映することである。
既存の分類では扱いにくいフグが現れたなら、種判定や情報収集の方法を見直す。新しいタイプの不正の兆候が現れたなら、監視指標を見直す。AIによる新しいリスクが現れたなら、利用ルールを更新する。
「ルール→運用→例外・ヒヤリハット→学習→ルール更新」。この循環を組織に組み込むこと。そこに、動的で適応的なガバナンスの姿がある。
完成されたルールを持つ組織よりも、ルールの限界を知り、それを機敏に修正できる組織のほうが、変化には強い。ガバナンスとは、規則を増やすことだけではない。規則の外側で起きていることに、組織が耳を澄ませ続けることである。
ガバナンスとは「分からない」を管理することである
ルールの外側に現れた小さな違和感を拾い上げ、判断を急がず、学習へとつなげる。その連続性が、変化の速い時代におけるガバナンスの生命線となる。ガバナンスとは、規則を増やすことだけではない。
毒の有無が「分からない」未知の魚を、「これまで大丈夫だったから」「見た目が似ているから」と、安易に皿に並べてしまわないことである。分からないものを、分かったことにしてしまわないこと。未知の海に漕ぎ出す組織の、しなやかな作法なのかも知れない。
