オリンパス事件が公益通報者保護法に与えたインパクト【公益通報者保護法20年「ニッポンの内部通報」を振り返る#4】

前回記事

公益通報者保護法のあり方を再考するに至った事件

公益通報者保護法施行からの20年を振り返ると、公益通報者保護法を争点として継続された裁判例は数少ないですが、公益通報者保護法のあり方を再考する契機となったのが、オリンパス事件(最一小決平成24年6月28日D1-Law.com判例体系〔28322985〕、東京高判平成23年8月31日判時2127号124頁、東京地判平成22年1月15日判時2073号137頁)です。

この事件は、内部告発者や公益通報者の保護の脆弱な実態に一石を投じた重要なリーディングケースであり、公益通報者保護制度をより実効性を高めるものへと進展させる上でのマイルストーンとして位置づけられます。

先例的価値のあるオリンパス事件を含むさまざまな内部告発・公益通報事案が最終的に立法事実化されて、公益通報者保護法の改正へとつながったといえます。そうした意味においては、オリンパス事件は公益通報者保護法の改正に向かうターニングポイントになった事案であるといえるでしょう。

実際にオリンパス事件の原告であった濱田正晴さんは、2025年5月、改正公益通報者保護法の審議にあたって、参考人として参議院の消費者問題に関する特別委員会に出席し、通報経験者の視点から意見等を陳述されています(第217回国会参議院消費者問題に関する特別委員会第7号令和7年5月23日)。

コンプラ室へ通報したものの…8年間に及ぶ法廷闘争

濱田さんは、精密機器大手のオリンパスで長年にわたって営業を担当し、販売部門のチームリーダー、マーケティング部門チームリーダーとして業務に従事していました。

ある時、上司が取引先の従業員1名を引き抜き、さらにもう1名を引き抜こうとしていることを事前に知ったことから、取引先の機密情報が漏洩するおそれがあったため、企業倫理等の観点から問題であると考え、上司に通報しました。

しかし、上司からは、口を出さないよう注意されたり、邪魔しないよう忠告を受けたため、2007年、濱田さんは社内のコンプライアンス室へ通報をすることになります。

そうしたところ、コンプライアンス室長は、あろうことか、濱田さんが送信したメールを濱田さんの上司等に転送(情報漏洩)したために、濱田さんが通報者であることや具体的な通報内容が暴露されてしまいます。

その後、濱田さんに対して、配置転換(新設の部長付ポストへ異動)が行われます。専門外の部署に異動させた他、社内の人間関係から孤立させたり、最低ランクの人事評価が行われるなど、数々の不利益取扱いが行われました。パソコンのモバイル用通信カードや携帯電話を返却するよう命じられ、顧客への訪問もすべてキャンセルを余儀なくされ、接触も禁止されました。

また、配置転換(内部通報してから約4カ月)後も、「特別面談」と称して密室で恫喝したり、「濱田君再教育計画」として、入社20年を超えるキャリアの濱田さんに対して新入社員向けテキストを勉強することを強要するなどしたのです。

こうした中で濱田さんは会社側などを相手取って2008年、東京地裁に提訴しました。しかし、10年1月の一審判決では敗訴してしまいます。

ところが、東京高裁は一転、濱田さんのメールを転送した情報漏洩行為はオリンパスが定める「コンプライアンスヘルプライン」(内部通報)の運用規程(以下、「内部通報運用規程」)の守秘義務に反するものであり、通報後の対応が不法行為を構成すると判示されました。その後12年6月、最高裁において高裁判決が確定し、16年2月に和解が成立し、和解まで8年間の法廷闘争となりました。その他にも、東京弁護士会に対して人権救済を申立ても行っています。

なお、事案の詳細については、ディー・クエストグループのホームページ「内部通報から裁判まで、オリンパス元社員 濱田正晴氏の8年《全5回》」(21年8月19日配信)をご覧いただきたいと思います。

企業行動憲章も、内部通報運用規程も整備されていたが…

オリンパス事件から明らかになったことは、大企業として立派な法令遵守(コンプライアンス)体制や内部通報制度を構築していても、運用上、形骸化されていたり、機能不全に陥っている状況になっていると、結局のところ、「砂上の楼閣」に過ぎないということです。

オリンパスでは、2004年の段階でグループ企業行動憲章を定め、その前文で「法令遵守はもとより、高い倫理観を持って企業活動を行う」とし、行動規範の実効性を確保するためにヘルプラインを設置していました。

また、コンプライアンスヘルプライン運用規程には、通報者本人の承諾を得た場合を除いて、通報者の氏名等、個人の特定され得る情報を他に開示してはならないこと、通報者に対してヘルプラインを利用したという事実により不利益な処遇を行ってはならないことなどが規定されており、適切な組織や規定が整備されていました。形式的には整備されていても、実質的には、機能不全に陥っていたわけです。

組織が通報内容に真摯に耳を傾け、通報者に対するリスペクトがなければ、オリンパス事件の二の舞となる事案が発生するものと思われます。

組織が気付くべき「通報の価値」

オリンパス事件は、公益通報者保護法の趣旨・目的が組織に浸透していないことを表しており、組織の「風土」を変革し、組織を挙げて不正・違法の除去の「感度」を向上させていく必要があります。

そして何より組織が公益通報の「価値」に気づく必要があります。オリンパス事件においても、濱田さんの通報自体は公益通報者保護法の保護対象外のものでしたが、内部通報の受付以降の適切な取扱いの観点からは、公益通報者保護法の保護対象如何を問わず、対象外の「通報」(情報提供)にも十分に配慮すべきと考えます。

公益通報者保護法の趣旨や基本理念を踏まえつつ、組織のステークホルダーである従業員等からの声を傾聴する姿勢こそ、組織を強くする、さらに組織をより良くすることにつながるのです。幅広に従業員等からの声を真摯に聴く姿勢は、風通しの良い組織風土の醸成にもつながっていきます。

組織は、内部通報制度を置くことによって、従業員、退職者、法人の役員に対して、通報者の秘密は必ず守ること、適切に通報を処理し、是正すべき法令違反が判明した場合、必要な是正措置を講じること、といった基礎的内容を宣言するべきでしょう。

正直者が馬鹿を見る社会はおかしい。そういった素朴な考え方が、当たり前になる社会になることが期待されますし、公益通報者保護制度自体もさらに高度化していくことが求められます。公益通報者がこれまで通りの職業人生を歩むことができる当たり前の社会へつなげていかなければなりません。

加えて、組織全体で公益通報者を保護するという組織風土の醸成も重要であり、職場の不正・違法行為を除去して、働きやすい職場、風通しの良い職場づくりのための公益通報であることを念頭に、公益通報者保護制度の運用が求められます。

(#5につづく)

シリーズ記事

サイト内検索