「公益通報」という言葉が生まれた背景
耳目を集める不祥事の多くは、企業・組織内の従業員などをはじめとした関係者からの声を端緒として発覚することが多く、マスコミなどによる報道ではしばしば「内部告発」として紹介されています。
ただし、「内部告発」を「内部通報」と誤解している場合も散見されます。一般においては「公益通報」よりも「内部告発」のほうが認知度が高いように思いますが、「公益通報」(公益通報者保護法2条)と「内部告発」はそれぞれ意味が異なります。
「内部告発」は、『現代用語の基礎知識』選 ユーキャン新語・流行語大賞の2002年(第19回)の授賞語にもなりました。その際、トナミ運輸事件の原告である串岡弘昭さんが授賞式に登壇されました。串岡さんが訴訟に至る経緯などをつづられた著書『ホイッスルブローアー=内部告発者――我が心に恥じるものなし』(桂書房)を刊行されたのが、この年です。
トナミ運輸事件は、内部告発・公益通報に関する事例のリーディングケースといえます。串岡さんは、勤務していたトナミ運輸において違法運賃の実態を内部告発した結果、閑職を強いられるなどの嫌がらせを受けたり、内部告発後に昇給・昇格がなかったため、02年に損害賠償等を求めて出訴しました。
その頃、食品の安全性を揺るがす事件やリコール事件、医療過誤事件、牛肉偽装事件、原子力発電所トラブル隠し事件など、数多くの不祥事を明らかにする発端となったのが「内部告発」でした。
こうした内部告発事案が多発し始め、01年10月に内閣府に設置されていた国民生活審議会消費者政策部会の下に置かれていた自主行動基準検討委員会では、事業者自主行動基準の策定・運用を通じて消費者との信頼関係の再構築に向けた審議がなされ、その一環として公益通報者保護の法制化に緒が就きました。
当時、マスコミなどによって喧伝されていた内部告発の「告発」という表現が「密告」の印象に結びつきやすいことなどを理由にして、自主行動基準検討委員会では「内部通報」という用語がいったん取り入れられました。
その後、第7回(02年4月)の委員会において、当時の国民生活局消費者企画課長が「以前は『内部通報者』という言葉を使っていた」が、「イギリスなどの新しい法律では『公益情報』といった名称が使われておりますので、それも参考にいたしましてタイトルを『公益通報者保護制度』というふうに改めさせていただいております」と発言しており、わが国における公益通報者保護法の「公益通報」という用語の原点は、イギリスの公益(情報)開示法(Public Interest Disclosure Act 1998)にいう“public interest”にあるといってもよいでしょう。
公益通報者保護法の“外”にある「内部告発」
ところで、そもそも「内部告発」とは、組織内部で業務に従事する者が、組織外部の第三者に対して、公益目的のもと、組織内部の不正・違法行為を開示することをいいます。
したがって、内部告発は組織外部に対して組織内部の不正・違法行為を開示する行為一般を指すので、基本的に、公益通報者保護法の対象法律の限定や各通報先(1~3号通報)の保護要件とは関連性はありません。なお、ご承知の通り、公益通報者保護法上の1号通報は事業者内部への通報、2号通報は行政機関への通報、3号通報はマスコミなど事業者外部への通報を指しますが、内部告発の対象となる範囲は、2号通報や3号通報にも重なり得る可能性があり得ます。
一方、内部告発は公益通報者保護法ではなく、一般法理(判例法理)によって保護されています。これを「内部告発をめぐる正当性判断に関する判例法理」などといいますが、内部告発の正当性判断にあたっては、主に
1 告発内容の真実(相当)性
2 目的の正当性
3 告発手段・方法の妥当性
などの要素に基づいて総合的に判断される傾向にあります。公益通報者保護法と比較すると、対象法律(法益)を限定することなく、幅広く内部告発者を保護する傾向にあります。
そもそも組織内部で業務に従事する者のみが知る情報を、組織外部の第三者に対して開示する行為は、客観的に見れば、労働契約上の秘密保持義務や誠実義務、また、使用者の企業秩序維持の観点から懲戒権行使の対象となり得るものです。
判例が積み重なる「内部告発者の保護」
しかし裁判例は、日本国憲法21条の言論・表現の自由などを踏まえて、内部告発の内容が企業・組織の利益に反する場合であっても、公益を一企業の利益に優先させる見地から、一定の範囲内において内部告発者を保護しています。
最近の裁判例によると、上記の判例法理の判断要素に基づきつつ、公益通報者保護法の趣旨や基本的理念に照らして判断するものもあり、判例法理と公益通報者保護法との接近もみられています。
そのひとつが、宗教法人の不動産取引をめぐって上層部の背任行為を内部告発した職員に対する懲戒処分の是非が争われた訴訟です。1審、2審では内部告発について上記の真実相当性、目的の正当性、告発手段の妥当性が認められた結果、懲戒処分は無効との判決が下り、最高裁でも宗教法人側の上告が棄却されました(神社本庁事件・東京高判令和3年9月16日D1-Law.com判例体系〔28293443〕)。
仮に、公益通報者保護法上の各通報先の保護要件を兼ね備えていない場合であっても、こうした内部告発をめぐる正当性判断に関する判例法理により保護される余地があり、公益通報者保護法においても「解雇その他不利益な取扱いをすることを禁止する他の法令の規定の適用を妨げるものではない」と定められています(8条1項参照)。
通報内容の真実(相当)性を前提としながら、内部公益通報体制が不整備の場合の他、通報内容の公益性や重大性、緊急性が高い場合などは、組織外部への内部告発が、正当性判断に関する判例法理によって保護される余地が高まるといってよいでしょう。
改正法が施行されて以降も、内部告発をめぐる正当性判断に関する判例法理は重要な役割を果たすものと思われます。実務上は、改正法による保護内容はもちろん、内部告発をめぐる正当性判断に関する判例法理による保護内容を適切に理解する必要があります。
改正法は、内部公益通報体制整備への実効性を高める措置を講じているため、事業者の体制不整備や不徹底が考慮要素に含まれる余地があり、通報者が1号通報を行うにあたって困難な事情の有無や周知の不足等も考慮される可能性があります。
また、改正法では、公益通報後1年以内の解雇と懲戒についてのみ立証責任の転換が行われるため、判例法理も改正法の規定を参考にしながら立証負担の軽減を行うことが考えられます。
さらに、判例法理は一般的に労働者を主に対象としていますが、改正法はフリーランスも含めて適用対象を拡大しているため、雇用に類似する契約形態であるフリーランスの契約解除のケースについても、判例法理によって保護される可能性があります。
内部通報制度の未整備・機能不全が招くリスク
一方、「公益通報」とは、労働者・退職者・役員(26年12月からはフリーランスも含む)が、勤務先や、勤務先の役員、従業員等に関する刑事罰・過料の対象となる不正を通報することをいいます(公益通報者保護法2条)。
ここでいう不正とは、国民の生命・身体・財産等の保護に関する法令(507本=26年4月1日現在)に規定されている、直接に刑事罰または過料が科せられる行為、あるいは、最終的に刑事罰または過料が科せられることにつながる行為のことです。
公益通報者が保護を受けるためには、1号通報、2号通報、3号通報のそれぞれの保護要件を満たす必要が生じます。しかしながら、先に述べた通り、内部告発の範囲と外部公益通報(2号通報や3号通報)の範囲は往々にして重なり合う場合があるのです。
以上を踏まえると、従業員などが内部告発や外部公益通報を行わざるを得ない状況を生み出さないことが実務上、重要な視点となります。例えば、内部通報体制が未整備であったり、通報窓口が設置されていても機能不全に陥っていたりするなど、組織内部による是正が期待できない場合は、内部告発や外部公益通報へつながるリスクが高まります。
また、経営幹部による事業運営に多大な影響を及ぼす不正・違法行為や、事業者全体にわたる組織ぐるみの不正・違法行為など、事業者内部において自浄作用を機能させることがおよそ期待できない場合も同様です。
通報先の順序を特段定めていない公益通報者保護法
公益通報者保護法は、通報先(1~3号通報)の順序を特段定めていません。1号通報、つまり、内部通報を優先しなければならない法律要件はないのです。また、事業者外部への公益通報(3号通報)の特定事由(3条1項3号イロハニホヘ)が示すように、内部通報体制が機能不全となっている場合は、事業者内部での是正が期待できないことを想定して、外部公益通報の要件を緩和しています。この点には留意が必要です。
組織内部の不正や違法行為を覚知した従業員などが声を上げにくく、自浄作用が機能不全に陥っている就労環境であれば、従業員が諦念を抱き、退職を選択する余地を広げます。と同時に、例えば、退職直前に事業者外部へ公益通報や内部告発を行う余地も広がってしまうといえるでしょう。
通報者を保護し、不正を隠蔽しない開かれた組織体制や組織風土を形成することは、単なるコンプライアンス(法令遵守)や社会的価値の共有といったレベルにとどまりません。最終的に、消費者、投資家、労働者、地域社会等の多様なステークホルダーから評価されて信頼を獲得し、優秀な人材の確保や持続的な成長を実現するための、積極的な経営戦略としての意義を持っているのです。
(#3につづく)
