英国に降り立った「LIBOR“不正”操作事件」元日本人被告の過酷【逆転の「国際手配3000日」#1】
悪夢にうなされる日々
ラボバンクは、法人としての責任を減じてもらおうと、米司法省との司法取引を模索する一方で、本村氏ら外国人社員に個人としての責任を押し付けた。トカゲの尻尾切りだった。
当局と手打ちしたラボバンクは、2012年1月、本村氏に退職勧告を突き付けた。ラボバンクに当局の調査が入って以降、内部調査に協力していただけに、突然、裏切られた格好になった。日本にはいたくないという思いが募り、本村氏はこの年の10月、家族とともにシンガポールに移住した。
だが、束の間の平穏の後、そこで本村氏を待ち受けていたのは、米国からの「訴追請求」だった。次の段階として、正式に起訴されれば、シンガポールで身柄を拘束され、米国に引き渡される恐れもある。本村氏は14年1月、取る物も取りあえず帰国。まさに「夜逃げ」状態だった。
そして同年4月、正式に起訴された。筆者はその4年後の18年5月、本村氏に取材し、拙著『国際カルテル 狙われる日本企業』(同時代社)に稀有な体験談として載せた。係争中だったため、「秋山雅博」という仮名を使った。
ここに一部抜粋する。
会社を退職後、弁護士が付いてからは、起訴された秋山さんを含む元同僚同士は直接話すことができなくなった。ショートメッセージによる連絡も禁じられた。「誰が司法取引して、誰が本当のことを言っているかも分からない状況だった」ため、「疑心暗鬼」になっていた。それだけになおさら、元同僚のことは気になっていた。
そうこうするうち、外国人の元同僚〔オーストラリア人〕が、自国内で逮捕された。米国での起訴に基づく身柄拘束で、米国への引き渡し含みだった。
「もう本当にいてもたってもいられない、まったく眠れない状態。事件があってからは夜もあまり眠れない、朝方は夢を見て起きちゃうというのはずっとあって。連れて行かれる夢ですよね。子供と一緒に過ごせなくなるとか。そういう恐怖が常にあったので。今もないわけじゃないんで、たまにやっぱり見ますね」
取材の1年弱前には、恐れていた警察との遭遇も体験した。
ある夏の夜〔2017年7月〕、秋山さんはうっかり交通違反をした。
「神田の知らないところを運転していて、比較的広い一方通行があって、間違ってふっと入っちゃったんですよ。そこにちょうどパトカーがいて、通行禁止違反で免許を出して、子供といたんですけど、軽微な違反なので当然すぐ返してもらえると思っていたら、全然返してくれないで、ずっとサイレンを回していて、周りの人もすごい集まってきた」
何度も頼み、サイレンは止めてくれたが、免許証はいつまでも返してくれない。
「『ちょっと待ってください』ということになって、しばらくしたら本部の方が確認したいことがあるからっていう話になって、あ、アメリカの件だなと思いました」
秋山さんは子供だけ家に帰らせてもらえればいくらでも話はすると頼んだが、警察は「もうちょっと、もうちょっと」の一点張りだった。
「どんどん警察集まってきちゃって、子供もすごくびっくりしちゃって、『なんでこんなに警察来るの』と。周りもわーって見てるし。そのとき弁護士に連絡したけど、ちょうど夜だったからつながらなくて。そしたら『海外で何かありましたか』という話になって、『裁判やっているがこの3年以上は海外に行ってないですよ』と話しました」
結局、秋山さんは子供とともに現場に30分程度とどめられた後、解放された。
1週間ほど前、米国で起訴された会社の同僚のうち、2人について有罪判決が覆り、無罪となっていた。秋山さんはそのニュースを知り、「すごく喜んでいた」。それだけに、ショックは大きかった。
「『2人が無罪になったのに僕は捕まってこのままアメリカに送られちゃうんじゃないか』と思って、もうなんか、すごく……〔怖かったです〕」
本村氏は当時、起訴取り消しを目指してはいた。しかし、一向に進展は見られず、文字通り悪夢にうなされる日々が続く。そんな中での軽微な交通違反から垣間見えた、日本の警察が「米国での訴追」情報を共有している事実――。「あまり期待はしていない」。筆者の取材を初めて受けた際も、本村氏は半ばあきらめた表情を色濃く漂わせていた。
次回は、そんな本村氏がいかにして“逆転劇”の主人公になれたのか、紐解いていきたい。
(#2に続く)
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