【米国「フロードスター」列伝#9】パーク・アベニュー銀行を破綻させた「不正頭取」悪あがきの手口
コンプライアンス意識の決定的欠落
アントヌッチは銀行破綻を避けるための苦肉の策とはいえ、循環取引、TARP不正申請、保険会社の不正買収……その不正は拡大するばかりだった。本人は違法性の認識がなく、書面を確認することを怠ったまま、目先の話に飛びついたと抗弁するが、倫理観が圧倒的に欠落していたのは言うまでもない。
しかし、銀行がしっかりと運営され、正当な手続きを踏んでいれば、このような不正は起こり得なかった、あるいは拡大しなかったであろう。アントヌッチは後のインタビューで、以下の問題点を挙げている。
まず、アントヌッチは、150万~250万ドル(約1億7400万~2億9000万円)の与信の権限を持っていた。これは、頭取がこれほどの高額な与信権限を持つこと自体が異例として、彼本人が「前代未聞である」と語っている。
次に、取締役会や理事会も機能していなかったという。銀行業務に精通した取締役は2人しかいなかった。理事についても、ほとんどが自分の利益しか考えていなかったとアントヌッチはのちに語る。実際、アントヌッチは何人かの“票”を事実上自らのものにしていたうえ、短気で威圧的に振る舞うため、理事会では異議を唱える者はいなかったという。
また、内部監査も機能していなかった。当初は内部監査も外部監査も中規模の会社に外注しており、内部監査においてはチェックアンドバランスが機能していたという。しかし、銀行が拡大し、独自の内部監査人を雇ったものの、監査体制の甘さから、重大な問題を報告しなかった。そのうえ、銀行内での報告体制も構築されておらず、取締役会や内部監査委員会、監査委員会などに、疑義のある取引が報告されることもなかったという。
コーポレートガバナンスが機能しない状況で、頭取であるアントヌッチは規範意識を失い、不正行為への心理的抵抗が薄れていった。しかし、銀行の財務状況の悪化が明るみに出るにつれ、規制当局の調査が本格化する。
不正発覚、そして逮捕
不正行為を始めて4年経ち、最終的に規制当局の目にとまった。TARPの申請に疑わしいものがあるとし、パーク・アベニュー銀行は厳しい監査を受けることになり、アントヌッチをはじめとする銀行幹部やハフらの違法行為が次々と明るみに出た。
2010年、アントヌッチは月曜日の朝、ニューヨーク州フィッシュキルの自宅で逮捕された。容疑は私的取引、銀行賄賂、横領、ニューヨーク州銀行局やFDIC、TARPに対する詐欺などである。彼は金融詐欺や共謀罪など複数の罪で逮捕されたため、有罪判決を受けた場合、容疑の一部で最長30年の懲役刑が科せられる可能性があった。
当初、自身の無実を主張したアントヌッチであったが、最終的に司法取引に応じた結果、彼は1120万ドル(約9億8000万円)を没収され、FDICなどを含む被害者に対し5400万ドル(約47億4000万円)超の賠償金、そして懲役30カ月の禁固刑を命じられた。これは比較的軽い刑と言えるが、銀行界からの永久追放が決定された。
一方、アントヌッチはじめ、パーク・アベニュー銀行幹部を不正の道に引きずり込んだハフは、懲役12年の判決を受けた。
反省と晩年
有罪判決を受けるまでは、自分の不正行為がどれほど重大なものであったかを十分に理解しておらず、「状況に適応したビジネス上の判断」と認識して、正当化しようとしていたという。しかし、最終的にアントヌッチは、違法性の重大さを認め、犯罪であることを自覚するようになった。
アントヌッチは受刑中に自分の過ちを反省し、20カ月で刑務所での刑期を終え出所。彼は新たな人生を歩もうとしたが、金融業界を永久追放となったうえに、多額を支払う義務を負った。判決後には自分の資産を差し押さえられ、月々143ドルを支払うことでなんとか賠償金を返済していたという。
そのような状況下で新しい生活を築き、彼は講演やインタビューを通じて、自身の経験を共有し、金融業界の倫理についての議論を促す活動を行った
若い世代に倫理的なビジネスの重要性を説くコンサルタントとして活動する中で、彼は、自身が関わったものよりも、悪質な違法取引が横行しており、その腐敗の中で倫理的な判断を下すことは非常に困難であるとして、こう語った。
「素敵な家に住んで、快適な生活を送り、子どもたちを私立校に通わせると、いろいろな決断を迫られる。おそらく間違った決断をするだろうが、それが人間の本性というものだ。私からのアドバイスは、起業するか、社会意識のある会社に就職するかだ」
アントヌッチは、道徳的な指針を持った企業は他にもある、と説く。若い世代に希望を見出し、銀行界の構造的な問題や自身の判断の誤りについて率直に伝え、規制当局や法的な枠組みを軽視せず、適切な監査や内部統制を維持することが企業の健全な成長に不可欠であると訴え続けたのだった。
そして2022年5月23日、ニューヨーク・マンハッタンの病院で、アントヌッチは家族に看取られ、波乱に満ちた71年の生涯を終えたのだった――。
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