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カスハラ対策法施行〜何が変わって、何が変わらないのか?〜【野村彩弁護士の「ハラスメント」対策講座#21】

2026年10月1日に、労働施策総合推進法が改正され、カスタマー・ハラスメントについての規定が盛り込まれた。

カスハラ行為に対する従業員のケアは、以前から必要だった

この点、誤解されがちなのだが、「従業員がカスハラを受けて病んじゃう、ということがないようにしておく」とか、「カスハラを受けた従業員をケアする」などのこと自体が、今回の法改正で新たに加わったものではない。

こういったことは、もとから労働契約法上の安全配慮義務として求められていた*1。

*1 労働契約法 第五条(労働者の安全への配慮)「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」なお、安全配慮義務の内容については本連載#18をご参照のこと。

安全配慮義務違反にならなかったコールセンターのケース

例えば、コールセンターの担当者が、顧客からの電話で暴言やわいせつな発言を受けたという事案がある。まさにカスハラの問題だが、この事件では、企業としてそのようなカスハラ電話から従業員を守る仕組みを設けていたかどうかが争われた。当該企業は対応マニュアルを作成しており、わいせつ電話については上長への転送が可能とされ、また同日、同一人物からの2回目以降のものについては即切断することも認められていた。さらに相談制度があったことなど、いくつかの施策が評価され、結果的に企業に安全配慮義務違反はなかったと判断された*2。

*2 東京高裁令和4年11月22日判決

安全配慮義務違反となった保育園のケース

これに対し、ある保育園の事件では、保育園で虐待疑惑が生じ、報道され、市による行政指導監査が実施されたという状況で、保育士らは保護者らから執拗に責められ続けていた。これを受けて1人の保育士がうつ病を発症し自殺した。遺族は保育園の経営を行う社会福祉法人に対し、安全配慮義務違反等を主張した。保育園ではカウンリングや個人面談を行うなどのことをしていたが、それでは足りないとして、安全配慮義務違反が認められた*3。

*3 長崎地裁令和3年1月19日判決 判例時報2500号99頁

以上の事件は当然いずれも法改正でカスハラ対策が義務化される前のものだが、このように、今までだって、企業は、カスハラによる従業員の苦痛について何もしなくて良かったというわけではない。

では、何が変わったのだろうか。

カスハラ法制化の本質とは

カスハラについて変わったこと。それは一言でいうと、組織対応が明確になった、ということだ。

今回の法改正で、セクハラ、パワハラ、マタハラ(女性の産休・育休への嫌がらせのほかにケアハラ=育児介護対応者への嫌がらせ、パタハラ=男性の育児対応への嫌がらせ)にカスハラを加えて、「特別な」ハラスメントが4つとなった。

そもそも「○○ハラ」と呼ばれるものは数限りなくある。モラハラ(モラルハラスメント)、アルハラ(アルコールハラスメント)、テクハラ(テクノロジーハラスメント=デジタル操作が苦手な者に対する嫌がらせ)、ロジハラ(ロジカルハラスメント=正論で相手を追い詰める嫌がらせ)……。50種類あるとか60種類あるとか、なんてことも言われたりする。

しかしながら、その中でも特別なハラスメントは4つだけだ。特別な、とは、つまり法律で定義付けされ、事業主がその防止措置をとることが法的な義務となる、という意味だ。

具体的には、該当するハラスメントについての方針やルールを定めなければならないとか、相談窓口を設けなければならないとか、細かい対応はいろいろある。だが、そういったハード面の詳細な対応についてはここではいったん置いておく。

これらの法対応の本質は、「この4つの特別なハラスメントについては、組織として対応しなければならない」ということだ。

言い換えれば、「ただのケンカ」「個人的なトラブル」「なんか揉めてるね」で済ませてはいけない、ということになる。

この点を根本的に間違ってしまったのが、例のフジテレビ事件である。

フジテレビ事件も実は「悪質なカスハラ事件」だった!?

カスハラというと一般消費者による行為と捉えられることがあるが、その主体は取引先や取引先の従業員なども含まれる。フジテレビ事件における行為者とされる“あの芸能人”も、フジテレビにとっては立派な取引先の一員であり、だとすれば、あの事件は悪質なカスハラ事件と捉えることもできる。

当時はカスハラ対応が労働施策総合推進法で義務付けられてはいなかったが、「望ましい取組み」として、事業主の対応を努力義務として定めていた。また東京都のカスハラ条例では、事業主がカスハラの防止に主体的かつ積極的に取り組むともに、都が実施するカスハラ防止施策に協力するよう努めなければならないとされていた。

にもかかわらず、フジテレビ事件では、当初の対応が、編成ラインのトップ3である社長、専務および編成制作局長の、たった3名のみで行われた。しかもその3名は「壮年男性のみ」という非常に同質性の高いトリオであった。そして彼らは「性暴力に当たる事実の報告を受けたにもかかわらず、2人で中居氏のマンションで会ったことをもって、「プライベートの男女トラブル」と捉えて」しまった*4。

*4 「調査報告書(公表版)」(2025年3月31日)41頁

芸能人も“取引先”(写真は当該事件をきっかけに物言う株主の経営追及に晒されたフジテレビ)

このような現場対応の失敗は、社内のセクハラでもよくある。

ある事案では、親会社の窓口に、子会社の従業員から、元同僚がセクハラにあっているとの通報があった。その元同僚とは女性なのだが、他の男性の従業員から、しつこいつきまとい、自宅での待ち伏せ、自宅付近での車の駐車などのストーカー行為をされているというのである。ところがよく確認してみると、その男女は過去、肉体関係を伴う交際をしていた(すでに破局はしていたのだが)。

……どうだろうか、みなさまが親会社窓口の担当者だった場合、「なんだ、そういう話か……」と、ちょっと調査の手を緩めてしまわないだろうか。実際に当該担当者がそう思ったのかは分からないが、結果としては被害者女性本人が訴訟を提起し、親会社が適切な対応を行わなかったのではないかとう点が大きな争点になってしまった。

判決としては、被害者がすでに退職していたことなど諸般の事情から親会社の対応が義務違反とまではならなかったのだが、後世まで語り継がれる事件にはなってしまった*5。つまり、現代において、仮にそれが「元カレによるストーカー」であったとしても、職場内で起こった以上は「組織として」対応すべきときがあるということなのである。

*5 最判平30.2.15集民258号43頁

職場の「派閥争い」も場合によっては要対応案件

この点はパワハラでも同じで、職場のいじめについて「単なる若い子同士の派閥対立」とか、「仲が悪いよね」と矮小化することは労働施策総合推進法の措置義務違反となりかねない。

“あるある”なのが、管理職は男性で、部下がみな、パート・アルバイトの女性ばかり、というパターンで、その部下の女性陣に対立構造が生じ、陰湿ないじめなどが発生しているのだが、管理職は「うわーやだやだ……関わりたくない……」と放置してしまう、という対応である。気持ちは分からなくもないのだが、そのいじめが労働施策総合推進法のパワハラの定義に該当するようなものである場合*6、管理職としては同法の定める対応についてきちんと確認し、組織として対応しなければならない。

*6 この事案の場合、指針の定める「人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)」の類型のパワハラになりそうである(事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して 雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号=パワハラ防止指針=2(7)ハ)

そしてこのたび、カスハラについても、単に「嫌な客にあたって運が悪かったね」「取引先のあの人、当たりがキツいよね、頑張って」というだけでは済まされなくなった。

しつこい客も、何かと見下してくる発注元も、モンスターペアレントも、その対応を従業員個人のスキルに任せっきりにしてしまうことは法的に許されない。それは組織として、仕組みで対応していくべきことになったのである。

就活セクハラ対応も義務化、次に来るのは何ハラ?

なお、今回の改正では求職者に対するセクハラ、いわゆる就活セクハラについての対応も義務化された*7。なぜすでにあるセクハラ対応では足りないのかというと、かつての男女雇用機会均等法のセクハラで被害者として想定されているのは「労働者」なのだが、就活中の方々はまだ当該組織の「労働者」ではないため、法の対応の範囲に入っていなかった、という理屈である。

何が言いたいのかというと、もともとセクハラやマタハラ(パタハラ・ケアハラ)について事業主の措置が義務化されていたところに、2020年にパワハラが加わり、このたび2026年になってカスハラと就活セクハラも加わった。

つまり「○○ハラ」が社会問題化すると、「もう個人の問題じゃないからね! 会社で対応してね!」と言われるようになる、ということである。

さて、次に加わる仲間はいったい何ハラだろうか?

ここ最近、現場でアツいのは個人的には「フキハラ」である。「(どっかりと椅子に座って)はぁ……(大きなため息)。え、何? 今? 忙しいんだけど。(と、ギロっと睨む)」……という態度の、上司のアレ。アレについて組織として対応しなければならなくなる日も、近いのかもしれない。さて、みなさまは何ハラが来ると思いますか?

*7 先ほど法的な対応義務のあるハラスメントは4つになったと述べたが、就活セクハラはいったん「セクハラ」に含めて数えたということでご容赦いただきたい。

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