ブラジル「新デジタル犯罪対策法」の日本企業への実務的影響【ブラジル現地弁護士寄稿】

突然、東京本社のCFOからメールが……

日系メーカーのブラジル子会社に、東京本社のCFO(最高財務責任者)からと思われる緊急のメッセージが届く。以前のやり取りとも何ら齟齬のない丁寧な文面のメールは、「直前の契約変更」を理由に、新しいサプライヤーの口座への即時支払いを依頼するものだった。

現地の財務チームは時間的なプレッシャーもあって、これまで慣れ親しんできた連絡のパターンだけを信用して、そのまま送金を実行してしまう。数時間後、本物のCFOはそのような指示は出していないと否定するが、時すでに遅し。資金は複数の中継口座を経由し、すでに消え去った後であった――。

この後に待ち受けているのは、単なる金銭的損失だけではない。社内調査、規制当局による厳格な捜査、そして近年増加している「被害者の告訴を必ずしも必要としない」刑事手続きへの対応である。

レオポルド・パゴット弁護士

デジタル犯罪を厳罰化するブラジルの法改正

ブラジルでは、こうした事件が日常茶飯事となっている。この現状こそが、2026年4月30日に制定された「2026年法15.397号(Law No. 15.397/2026)」の背景にある。同法は、財産犯罪、とりわけデジタル手段を用いた犯罪に対する刑事罰の枠組みを大幅に強化するものである。

同法はブラジルの国内法だが、現在のデジタル社会を考慮すれば、その実務的な影響は国境にとどまらない。ブラジルで事業を展開する、あるいはブラジルの取引先とビジネスを行う日本企業にとって、今回の法改正は細心の注意を払うべき事項と言える。

深刻化するデジタル犯罪の脅威

ブラジルでは近年、電子デバイス、銀行の認証情報、企業システムを標的とした詐欺スキームが急増している。この変化は単に件数の増加にとどまらない。以下のように、その手口はより高度化・精緻化している。

・企業データを悪用した巧妙なフィッシング
・メッセージングアプリのクローン作成
・SIMスワッピング(電話番号の乗っ取り)
・財務、調達、IT部門の役職員を標的とした組織的な「ソーシャルエンジニアリング」攻撃*

* 企業等の重要情報を何らかの手段で不正に入手する手口。なりすまし、トラッシング(ゴミ箱あさり)、ショルダーハッキング(のぞき見)、フィッシング詐欺などがある。近年、さらに巧妙化しており、生成AI(人工知能)を使ったディープフェイク詐欺も登場している。

これにより生じる損失は甚大であり、レピュテーション(風評)やコンプライアンス上の影響が、直接的な財務的被害を上回ることも少なくない。

新法の主要なポイント

2026年法15.397号は、こうした環境に対する直接的な対応策である。本法は刑事罰を強化し、新たな犯罪類型を導入するとともに、これまで訴追の障壁となっていた手続き上の要件を撤廃した。

1.デジタル詐欺による窃盗の加重処罰

注目すべき点のひとつは、電子的またはデジタル的な詐欺を用いた窃盗罪の加重要件が明文化されたことである。専門的に聞こえるかもしれないが、これはより広範な意味を持っている。すなわち、ブラジル法において、デジタル空間での欺罔(ぎもう)行為がもはや従来の犯罪の付随的なものではなく、犯罪の「中心」であると認識されたことを示している。

2.電子デバイス窃盗の重大視

同法は、電子デバイスの窃盗や強盗にも特段の重要性を付与している。盗まれたスマートフォンは単なる物理的な資産ではなく、銀行口座、企業のプラットフォーム、機密情報への「ゲートウェイ(入り口)」として扱われる。企業にとってこれは、デバイスのセキュリティを単なるIT部門の課題ではなく、「財務リスク」として扱う必要性を補強するものである。

3.「口座貸与」の犯罪化

もうひとつの重要な新設規定は、いわゆる「口座の貸与」(不正取引を助長するための第三者名義の銀行口座の利用)の犯罪化である。これは、盗まれた資金を移動させ隠蔽するネットワークという、詐欺スキームの背後にあるインフラを標的としたもの。特に大量の取引を行う企業にとって、これは取引先に対するデューディリジェンス(身元確認・審査)と取引モニタリングの重要性が一層高まることを意味する。

4.電子詐欺に対する刑罰の厳格化

おそらくもっとも影響が大きいのは、電子詐欺に対する罰則の強化である。同法は、ソーシャルメディア、詐欺メール、電話、クローンアプリを利用したスキームを明示的に規制対象としている。ここから読み取れるメッセージは明確である。これらはもはや低リスクで機会主義的な犯罪とは見なされず、実質的な実刑(拘禁刑)が科される重大な犯罪として扱われるようになったのだ。

5.非親告罪化(独自の刑事手続きの進行)

最後に、そして極めて重要な点として、同法は詐欺事件において被害者が正式に告訴を行わなければならないという要件を撤廃した。これにより、捜査当局は独自に手続きを進めることが可能になる。実務上は、銀行や規制当局、あるいは第三者によって詐欺が検知された場合、企業側が刑事事件化を望むかどうかにかかわらず、刑事手続きに巻き込まれる可能性があることを意味する。

日本企業への実務的影響

ブラジルに子会社、合弁会社、あるいはサプライチェーン(供給網)を持つ日本企業にとって、本法がもたらす影響は、法的側面と業務的側面の両方に及ぶ。

内部統制の再評価

第一に、支払いとコミュニケーションに関する内部統制を見直す必要がある。「経営陣からの緊急の送金依頼」というシナリオは、もはや架空のリスクではなく、実証された犯罪パターンとなっている。二重承認プロセス、銀行口座情報の変更に関する確認手順、そしてソーシャルエンジニアリングに関する役職員研修は、今や最低限求められる要件になりつつある。

インシデント対応体制の整備

第二に、当局が被害届なしに捜査を開始できるようになったため、企業は法執行機関や検察と早期に連携する準備を整えておくべきである。これには、証拠保全、社内コミュニケーションの管理、国境を越えた部門間の調整が含まれる。

取締役・役員の法的リスクとグローバル連携

コンプライアンス部門は、より広範なガバナンスの次元で検討を行う必要がある。より厳格な刑事罰が存在するようになったことで、特に内部統制上の不備が犯罪を助長したと見なされた場合、取締役や役員の法的リスクが高まる。クロスボーダーで事業を展開する企業グループにおいては、現地の特殊性を考慮しつつも、ブラジルにおける実務をグローバルなコンプライアンス基準と適合させることが不可欠である。

企業文化への適応(日本企業の階層構造リスク)

最後に、企業文化的な側面を指摘したい。多くの日本企業に見られる「信頼に基づくプロセス」や「階層的なコミュニケーション」は、逆説的ではあるが、特定のタイプの詐欺に対する脆弱性を高める危険性がある。なりすましやデジタル詐欺が横行する環境にガバナンスの枠組みを適応させるには、技術的な対策だけでなく、社内の意識や意思決定の仕組みそのものを変革することが求められる。

不備が許容されない厳格な環境へ

2026年法15.397号は、単独で存在するものではない。これは、金融犯罪やデジタル上の不正行為に関して、より断固とした法執行を目指すブラジル国内の大きな潮流を反映したものである。

企業にとっての教訓は、実行は容易ではないにせよ、極めて明快である。「予防、検知、対応の仕組みは、対処すべきリスクと同じスピードで進化しなければならない」ということである。法制度が被害者の告訴に依存しなくなり、体系的な抑止に重点を置くようになった現在の環境においては、何もしないこと(または適応が遅れること)の代償は、多くの場合、さまざまな形で直ちに顕在化することになるだろう。

*現地弁護士による英文記事を日本語訳したうえでタイトルおよび見出し、改行等は編集部で適宜加筆・調整している。

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