《最終回》米司法省 棄却でも残る「起訴の烙印」を消す“不条理な闘い”【逆転の「国際手配3000日」#4】
米司法省の怠慢、アメリカ本国でも問題に
本村氏は昨夏の起訴取り消し以降、パソコンで何度も米司法省のホームページを開き、情報が更新されていないか確かめてきた。そしてその都度、がっかりすることを繰り返している。
米司法省が大々的に発表しただけに、「起訴」という言葉がネット上に居座り続けている。半面、起訴が取り消されたという最新情報は、アクセスしにくい裁判所関係のサイトにたどり着かない限り、容易に確認することはできない。
そのためか、この1年の間に、日本国内でも一部の不動産会社から新規契約を拒否されたことがあったという。
これは本村氏だけが抱える問題ではない。米司法省のお膝元の米国内でも、問題になっている。ワシントンで法律事務所を運営する、法廷弁護士のセアラ・クロップ氏は、ことあるごとにこの問題について言及している。
「司法省は勝っても負けても公平な広報活動をすべきだ」と主張するクロップ氏は、《司法省広報室はやるべき仕事をしていない》と題するブログで、次のように指摘している。
〈DOJ(米司法省)のプレスリリースは(インターネットの)検索結果として上位に表示される。つまり、ある被告人の名前を検索した時、プレスリリース発表後何年も経っていたとしても、最上位に表示される公算が大きい〉
https://kmlawfirm.com/2024/04/02/the-department-of-justice-office-of-public-affairs-is-not-doing-its-job/
クロップ弁護士の指摘は当然ながら英語での検索を前提としている。ネット上には司法省など当局の発表文だけでなく、それに基づくニュース記事も流れているが、英語の記事が大半を占める。
本村氏の起訴取り消しに関しては、筆者もすでに日本語で記事を書いているが、こうした記事はあくまでも“民間”の情報であり、公的な文書ではない。ましてや日本語の記事を、英ヒースロー空港の入国審査官ら、現場でボーダーウオッチに携わる担当者が目にすることはまずあり得ない。
その結果、本村氏のように起訴が取り消されたり、あるいは有罪判決が破棄されたりしても、米司法省が当初のプレスリリースなどサイト上の情報を訂正したり、新たな情報に更新したりしない限り、個人は厄介な事態に直面する。クロップ弁護士はこう警告する。
〈不正確かつ不完全なプレスリリースは現実世界にマイナスの影響を及ぼし得る。ある個人が連邦犯罪で訴追されながら、後に無罪になった場合を想像してみるとよい。(企業などの)求人に応募しても採用調査の過程で起訴に関するプレスリリースが見つかり、面接までたどり着かないこともあり得る。DOJのプレスリリースが不正確であることに伴う、レピュテーション(評判、名声)への悪影響は極めて大きい〉
司法省広報室(OPA)がホームページ上で、自分たちの役割について〈司法省がメディアに提供する情報を最新かつ完全、正確なものとすることを保証する〉ことにあると謳っているのと、正反対の事態が罷り通っているのだ。

クロップ弁護士は別のブログで、ベンジャミン・ウェイという人物が証券詐欺などで起訴された後、公訴棄却となった事例を紹介している。その事例では、当局がプレスリリースに公訴棄却の事実を付記するという、極めて異例の対応をしている。
プレスリリースの当初の日付は2015年9月10日で、発表したのは司法省本部ではなく、同省の一部局であるニューヨーク南部地区連邦検察官事務所だ。修正も同事務所が行った。
当初のプレスリリースをそのまま利用する形で、次のような文言を新たに挿入している。
〈更新 本事案の被告人ベンジャミン・ウェイに対する起訴は、2017年8月8日、棄却された。詳細は下記リンクをクリックのこと。(ベンジャミン・ウェイの公訴棄却申し立て)〉
更新の日付は2017年8月24日となっている。起訴取り消しのわずか12営業日後だ。
ちなみに、ウェイ氏の事案を担当した検事は、#2で引用した『正義の行方 ニューヨーク連邦検事が見た罪と罰』(早川書房)の著者、プリート・バララ氏(在職2009年8月~17年3月、現ウィルマー・カトラー・ピッカリング・ヘール・アンド・ドール法律事務所パートナー弁護士)だ。
クロップ氏は連邦検察当局の対応を評価しつつも、当局の対応としては、あくまで「例外的」だと認めている。
それでも、最近になってクロップ弁護士のもとには、無罪や起訴取り消しとなったことを発表当初のプレスリリースに明記するよう米司法省に掛け合い、成功した事例が何件か寄せられているという。
調べてみると、確かに他にも事例が見つかった。例えば、ミネソタ州のセメントメーカーの最高経営責任者(CEO)と自身が経営する会社が2022年3月、入札談合に関与したとして起訴されたものの、翌年5月に起訴取り消しとなった事案。プレスリリースのほか、起訴状にまでその事実が追記されている(米国では起訴状はインターネットで検索できるので、効果的な対応と言える)。
更新されたプレスリリースには、こんな文言が挿入されている。
〈注記:本事案の被告人であるスティーブン・ドーンズバックとカミダ社は、下記プレスリリースで言及されている起訴状における訴因について、陪審によって無罪の評決が下された〉
https://www.justice.gov/opa/pr/minnesota-concrete-company-and-its-ceo-indicted-rigging-bids-public-contracts
さらに特筆されるのは、ドーンズバック氏が起訴取り消しの事実の明記だけでは満足せず、ビジネスに支障があるとして、プレスリリース自体を司法省のサイトから削除するよう求めて連邦地裁に提訴したことだ。ただ残念ながら、こちらの訴えは棄却された。連邦控訴裁に上訴したものの、やはり認められなかった。プレスリリース自体に重大な誤りでもない限り、米司法省がサイトから削除することは、まずないとみたほうがよさそうだ。
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