モハメド・アリ「あまりにも順調に勝ちすぎているボクサーは、実は弱い」の巻【こんなとこにもガバナンス!#33】

栗下直也:コラムニスト
「こんなとこにもガバナンス!」とは(連載概要ページ)
「あまりにも順調に勝ちすぎているボクサーは、実は弱い」
モハメド・アリ(ボクサー)1942~2016年。アマで108勝8敗。1960年ローマ五輪のライトヘビー級で金メダルを獲得し、プロに転向する。64年、19連勝で迎えたソニー・リストン(米国)戦でKO勝ちして世界ヘビー級王者となった。翌日、アフリカ系アメリカ人のイスラム運動組織ネーション・オブ・イスラムの信徒であることを公表し、カシアス・クレイからモハメド・アリへと改名。以後、67年までに9回の防衛に成功するが、同年ベトナム戦争への徴兵を拒否し、3年5ケ月間タイトルとライセンスを奪われる。71年、無罪となり、74年にジョージ・フォアマン(米国)にKO勝ちして王座に返り咲く。78年に王座を失うが、同年、再び王座に返り咲き、79年、チャンピオンのまま引退。
100カ国以上で中継された「キンシャサの奇跡」
1974年10月、ザイール(現コンゴ)の首都キンシャサで開かれた「ジョージ・フォアマン対モハメド・アリ」の一戦は今でもボクシングの歴史的名勝負のひとつと数えられる。
フォアマンは当時25歳で40戦無敗(37KO)。一方のアリは32歳、44勝2敗(31KO)だったが、2つの黒星は70年に3年半以上のブランクを明けて復帰してからのものであり、かつての圧倒的強さには陰りが見えていた。戦前の予想はフォアマンが圧倒的で、ブックメーカーの予想は11:5だった。
フォアマンは早いラウンドでのKO狙いで「象をも倒す」といわれたパンチを浴びせ続けた。アリは防戦一方で、代名詞だった「蝶のように舞い、蜂のように刺す」華麗なスタイルは影を潜めていたが、アリの狙い通りだった。意図的にロープを背にして相手にパンチを打たせる捨て身の作戦だった。
アリは、スタミナがそがれたフォアマンを見逃さず、8ラウンドに反撃に出る。フォアマンの顎を打ち抜き、劇的なKO勝利を収めた。
誰もが予想しなかったアリのKO劇に「アリがディフェンスをしやすいようにロープを緩める工作がされていた」「フォアマンにクスリが盛られた」など陰謀論も飛び交ったほどだ。それほどフォアマンの敗北は衝撃だった。
何よりもフォアマン自身が一番驚いただろう。40戦無敗の元チャンピオンは負けとどう向き合えばよいのかわからなかった。アリとの再戦をかけた格下との試合にも敗れた。77年にリングを去り、「神の声をきいた」と聖職に転じる。
「経験値」という落とし穴にはまったフォアマン
フォアマンはのちにこう語っている。
「リストンもフレージャーも、アリと戦った選手は誰一人として彼をKOできなかったんだ。それなのに一体全体どういう訳か、私はアリをKOで倒すつもりだった。彼の(倒されないという)経験値を見落としていた。見落としてしまっていたんだ」。
順風満帆なときほど注意深く歩まなければいけないのは人も組織も同じだ。順調であればあるほど落とし穴は見えにくく、そしてその穴は深い。
リングを去ってから10年後、フォアマンは「お金のため」に復帰した。弱さを知った男は強かった。白星を積み重ね、復帰から7年後、45歳でヘビー級の王座に返り咲いた。現在は牧師の傍ら実業家としても成功を収めている。
(月・水・金連載、#34に続く)
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