第2回【塩崎恭久×八田進二#3】“ガバナンス無法地帯”と日本のグローバル人材確保
(第2回#2から続く)ガバナンス界の論客、八田進二・青山学院大学名誉教授が各界の注目人物とガバナンスをテーマに語り尽くす大型対談連載。シリーズ第2段のゲストは、政界きっての政策通で知られ、2021年10月に28年間に及ぶ国会議員生活に終止符を打った前衆議院議員の塩崎恭久氏。その議員時代はまさに日本経済の「失われた30年」と重なる。そんな激動の時代の中で塩崎氏は何と苦闘し、何を実現し、何を目指したのか――。その最終回の第3回は、いまだ日本に根強く残るガバナンスの“無法地帯”と、塩崎氏がライフワークとする日本の「人材」育成・確保について語り尽くす。
道半ばの「公益財団法人」改革 難攻不落の“伏魔殿”学校法人
八田進二 塩崎先生は「公益法人改革」にも積極的に関与されていますね。どういった問題意識だったんでしょうか。
塩崎恭久 ひとつは、スポーツ競技団体でいろいろと不祥事が起きたことがきっかけですね。日本相撲協会とか日本レスリング協会とか……その多くが公益財団法人でした。そこで、“内側”を見てみると、どこもまるでガバナンスがいい加減だったんですね。そして、ほぼ同時期の2018年に、学校法人の東京医科大学で医学部不正入試問題なども明るみに出ました。これまた中味を見たら、学校法人と文部科学省の通知行政におけるガバナンスがとんでもないことになっている。つまり、監督する側・される側双方が一体となって極めて“尻抜け”のガバナンスを形成していたことが判明しました。それが、私が学校法人改革に踏み出した動機です。
八田 おっしゃる通り、非営利組織や公益性の高い法人は、組織人が性善説に基づいているのか、脆弱なガバナンスしか備えていないところが大変多いようです。私立の学校法人の機関設計においても、多くの欠陥が指摘されます。
塩崎 何しろ、評議員会が組織上一番下にあるんです。私は、評議員会というのは、学校運営を担う理事会を監視する組織とばかり思っていたのですが、文科省の役人は「諮問組織だからこれでいい」って言うんですね。一体、これは何なんだと。そこで、自民党行革推進本部長として学校法人問題に切り込もうとしました。ところが、「徹底的にこの問題をやろう」と座長の代議士に言ったら、「ホントにやるんですか?」と言う。この代議士にはわかっていたんですね、学校法人がとんでもない“伏魔殿”だってことを……。でも、私はわかっていなかったから、無邪気に地雷原に突っ込んで行きましたし、それは日本の将来のためでもあるのです。
八田 業務の執行と監督を分けなさいというのがガバナンスの考え方の基本です。自動車にアクセルとブレーキがあるように、適格な牽制機能を持たせることがガバナンスなんですが、スポーツ団体は、かつてのその種目のトップ選手がそのまま組織のトップになっていたりするから、持っている(その競技に関する)知識が全然違うんですね。だから、業務執行と監督を分けるという発想が出てこない。
同じことは学校法人や医療法人、社会福祉法人にも言えます。その根底にあるのは、「自分たちのカネでやってるんだから、他人からとやかく言われる筋合いない」というわけです。なかでも学校法人は、もともと篤志家が自分が願う教育理念で教育する場をつくるためにカネを出している。それに対して意見を言ってもらう評議員会は諮問機関に過ぎず、しかも、評議員の大半は無報酬でのボランティア。つまり、仲間内で運営をやっているのです。しかし、決定的に欠落しているのは、公益法人として享受する莫大な額の固定資産税などの免税等、優遇税制効果に対する認識です。加えて国からも補助金などをもらっている、こうした莫大な補助金や助成金、交付金の原資もすべてが税金であるという視点です。
塩崎 全くおっしゃる通りです。文科事務次官に「何でこんなに学校法人は腐ってるんだ?」って聞いたら、「私財を投げ打っていますから」と言う。しかし、「投げ打った」という私財にも贈与税は掛かっていません。
八田 実際に私的流用も多いみたいですしね。会計監査も中途半端です。
塩崎 会計監査が入っているのは、税金が投入されている部分の使い道のところだけですね。学校法人はグループで関連の株式会社もたくさん抱えていますが、グループ全体への会計監査は義務付けられていません。それは、株式会社には補助金が行ってないからという理由なんです。
八田 評議員会は理事の選任権は持っていないものの、解任権だけはある。ところが、評議員には学校側職員も入っていますから、余程のことがあっても、解任権を発動することは難しいです。
塩崎 そもそも、理事の選任権が誰にあるのか? 私学法上規定がないでしょう?
八田 彼らは、それを「寄付行為(公益事業を行う財団法人を設立する行為)自治」って言っていますよ。株式会社の定款に当たるのが寄付行為で、そこに定めておけば何でもあり。現行の私学法は何でもかんでも寄付行為に任せていますからね。
塩崎 私は国会議員を引退しましたが、公益法人改革、なかでも学校法人改革は別の方にも担ってほしい仕事ですね
人材の育成・確保こそが「日本経済の処方箋」
八田 塩崎先生は日本の大学教育のありかたについても一家言おありですね。
塩崎 最近、日本の優秀な人材が海外の大学にそのまま行ってしまって、帰って来ないケースがかなり増えてきています。そういう有為な人材は、もはや東大も含めて、日本の大学を見限ってしまっています。それは取りも直さず、日本の大学に魅力がないから。これは、日本の将来を考えるうえで大問題です。
八田 日本には真のエリート教育が出来る大学がありませんからね。伸びる人を伸ばさず、ダメな人をそこそこに繕う“悪平等教育”となっています。こんなことで革新的、創造的な人材を輩出することは土台ムリな話です。
塩崎 たとえばイギリスのカレッジは基本的に全寮制で、1人のメンター(指導者)が面倒を見る学生はたった5人程度。当然ながら、指導は濃密だし、加えて、寮の中ではさまざまな国からさまざまな経験を積んでいる者同士が、多様な価値観を学び合い、そのなかから新しいアイディアが生み出されてくる。オックスフォードやケンブリッジ、LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)のようなイギリスの大学に行けば、そういう得難い経験ができることがわかっているから、世界中から優秀な人材が集まるのです。
そうやって大学時代に濃密な関係を築いた学生たちは、卒業してからも、互いにネットワークを張り巡らし、メンターの教授とも関係を保ち続け、世界で、あるいは自国に帰ってから国を動かすような大きな仕事をする。多様な価値観を踏まえたうえで、新しいものを生み出しているわけで、たとえば、今話題のチャットGPTでは、グーグルのAI(人工知能)部門責任者のジェフ・ディーンの大学時代のネットワークが活きていると言います。日本のこぢんまりとしたスタートアップとはまるでレベル感が違いますよね。
八田 日本では型破りの革新的ないしは創造的なアイディアを持った人たちを国として育成するといった土壌が全くありませんからね。
塩崎 結果として、多様な価値観で成り立っている世界の企業に、日本企業は負け続けているという現実があるわけです。社外取締役を入れるということは、価値観を多様化するということにほかなりません。そこに抵抗したり、自分たちの保身に都合の良い条件を付けたりするのは、“真の競争力”とは何かをわかっていないということでしょう。私は28年間国会議員をやりました。その期間はまるまる失われた30年と被っています。さまざまな政策を実行してきた自負はありますが、残念ながら、効果を実感できていない。つくづく無力だったなと思います。
八田 塩崎先生が国政から離れられて、すでに1年半ほどになりますが、今、“官”がやらなければならないことは何だと思われますか。
塩崎 民間が本気で海外から優秀な人材を呼び込めるように、会社自体がそれぞれ能力評価の“物差し”をつくらざるを得ないように追い込むことでしょう。日本でもグローバルな企業の一部は「年功序列型雇用」から「ジョブ型雇用」にし始めていると言われていますが、大半は「ジョブ型」と謳いながら、各企業の実情に接ぎ木した「日本型のジョブ型」の範囲でしか行われていない。逆に言えば、本当に優秀な人を何が何でも世界中から国籍に関係なく集めるわけではなく、本気で人材間の国際競争はしないということです。既存の給与体系に根本的に手をつけなければ、海外から優秀な人材を呼び込むことなど出来ません。
本来であれば、官が主導して、日本でも世界に通じるジョブ型の雇用体系を構築しなければならないのに、水面下では役所が率先して“なんちゃって”で済ませて良いよ、というのが実情のようです。
そもそも、政治が手を突っ込めるのは官だけであって、民間には細かく口出しは出来ません。だから、私は国会議員時代から、公務員制度改革を実行することによって官を「出入り自由」にする、すなわち、官民共通に人材をきちんと評価する制度を法律でつくることによって、民間の発想を変えさせるべきだ、と主張してきました。つまり、官がやってみせて、民間と“物差し”をそろえていくという発想です。
八田 人材の問題は塩崎先生のライフワークのようですね。
塩崎 人口減少社会において、グローバル人材をいかに確保していくかは大いに関心のあるところですし、私自身、現在もいろいろなところで提言を行っています。ただ、日本くらい、少子高齢化を前提として国家運営を想定してきたのに、そこで思考停止になっている国は珍しいですよね。たとえば、先ほども話題にした大学。少子化で経営が大変だというけれど、私からすれば、「だったら、国の外から入れればいいじゃないか」と。確かに、頭数だけ留学生を入学させて、その人頭に応じて補助金をやるなどという政策をとってきましたが、こんな方法は邪道ですよね。だから、優秀な人材をいかに日本の大学に集めるかを考えるのが、王道なんです。
八田 ただ、大学だけに関して言うならば、すでに現時点で、大学の数が多すぎるということです。実際にちょうど半分の大学は、定員割れ状態になっていますから、国際競争力の視点からも、極めて深刻な状態にあると言わざるを得ません。
塩崎 これからさらに深刻化する社会保障の問題も、国内、日本人だけの少子化対策だけをやっても、解決には至りません。それでは、社会保障の質を下げるか、国民負担を上げるかの二者択一しかない。その両方を改善しようと思うのなら、外国から人材を入れるしかないのです。競争力という観点からも、外から人材を入れないと、日本経済は立ち行かなくなる。そこで、手始めに私が今やっているのは、技能実習と特定技能の2つでちぐはぐになっているグローバル人材の問題について、整合性のある統一的な改革ビジョンを示そうということで、これは与党とも連携して進めています。
八田 これも人材の問題になるのかもしれませんが、先生は「里親問題」にも熱心に取り組まれていますよね?
塩崎 そうですね、私自身も里親登録しています。私の地元の愛媛県は里親委託率(虐待などの諸事情があって親元で暮らせない子どものうち、里親やファミリーホームで養育されている子どもの割合)が非常に低く、2割程度です。諸外国では8割程度で、オーストラリアなんて9割に上ります。ただ、里親問題を解決するには都道府県の児童相談所だけでは無理なので、「フォスタリング機関」と呼ばれる民間の里親支援団体とのパートナーシップが不可欠なんです。しかし、愛媛県にはこれがなかったので、2023年1月にNPO(非営利活動法人)を立ち上げ、私はその応援をしてきています。やはり、子どもをめぐる問題を解決していくのは、日本の人材問題の一丁目一番地という思いからです。
八田 いまだ現役でご活躍ですから、まだまだ“引退生活”というわけにはいかないようですね(笑)。今後とも大いに頑張ってください。本日はどうもありがとうございました。
(了)
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