ブラジル「改正独禁法」解説《前編》現地弁護士が教える改正のポイント
レオポルド・パゴット(Leopoldo Pagotto):弁護士(ブラジル在住)
今回は、ブラジルにおける競争法の最新事情をお伝えしたい。著者は国際法曹協会(IBA)贈賄防止委員会のアドバイザリーボードメンバーでもある、ブラジルのレオポルド・パゴット弁護士。
ブラジルというと、地理的のみならず経済的にも遠い印象を持たれるかもしれない。ましてや競争法となると、その印象はさらに強まるだろう。ただ、同国の競争法をめぐっては、日本企業が審査対象になった例もいくつかある。例えば2018年、ブラジル当局は、東芝とパナソニックの子会社であるMTピクチャー・ディスプレイ社に合計490万レアル(約1億3700万円相当=当時)の制裁金の支払いを命じた。この事案では、1995年から2007年の12年にわたってテレビやパソコンモニターのブラウン管の製造・販売における価格操作や市場分割、機密情報の交換や生産制限に関する合意の存在が追及された。また、2016年にはブラジルの自動車海運市場で国際カルテルの疑惑が持ち上がり、その際、日本企業もいくつか調査対象となったものの、再審査請求により調査が中断されているといったケースもある。加えて2021年には、メーカーをはじめとしたヘルスケア関連業界での労働市場において、日本企業数社を含む15社が関与したとされる談合疑惑が浮上、当局が行政手続きを開始し、現在も証拠収集が進められているという。
とりわけ近年、ブラジルの競争法関連の事案で世界的に問題となったのが、「オペレーション・カー・ウォッシュ」(洗車(場)作戦)だ。同国最大規模の企業である、国営石油会社のペトロブラスをめぐった2008年のマネーロンダリング(資金洗浄)問題を端緒に、経済界と政界の広範囲にわたる一大捜査が展開された。さらに捜査はブラジルだけにとどまらず、ペルーやベネズエラなど南米11カ国を巻き込み、ブラジル国内外の大統領の弾劾にもつながったため、「南米史上最大の世界的汚職事件」として大きく注目されたことは記憶に新しい。近年においてもなお、その捜査手法が適切であったかが取り沙汰されるなど、その火種はいまだ燻っているようだ。
グローバル化が進む昨今、日本企業にとっては、思いもよらない形で海外の現地法規に抵触する危険性が潜んでいるのは言うまでもなく、そのリスクは強まる一方だ。欧米の主要国のみならず、さまざまな国の法令やその改正にも、日常的にアンテナを張ることが求められる。
そこで今回、冒頭の通り、特別に現地弁護士より彼の地の競争法改正についての解説が寄せられた。題して「カルテル損害の2倍補償には独占禁止法遵守の強化が必須」。以下は、その寄稿文(英語)を翻訳したものである。
カルテル損害の2倍補償には独占禁止法遵守の強化が必須
日本企業絡みのカルテル事件が多発した時代から10年以上が経過したにもかかわらず、独占禁止法違反の影響を受けている法域はいまだ存在する。複数の日本企業が、自動車、エレクトロニクス、テクノロジー、海運などの分野で世界的なカルテルに関与していたとして、独占禁止法当局によって徹底的に調査された。このような事例では、影響を受けた企業や消費者が価格操作や競争制限による損害賠償を求めて訴訟を起こすことがよくあった。
ブラジルには、アメリカや欧州連合(EU)のようなカルテルをめぐる補償業界(損害手続きの支援を提供する法律事務所、保険会社、政府機関など)は存在しない。しかし、公正取引保護に関する新たな進展により、カルテル被害者への救済の改善とともに、企業にとって大きな課題提起が予想される。その新たな動きとは、2022年11月17日から施行されているブラジルの改正競争法(法律第14.470/2022号)である。同法改正で、反競争的行為によって損害を被った者への補償は2倍になった。このことは、企業に対するカルテル行為への抑止力となっている。さらに、この改正によって、論争の的となっていた手続き面において、より大きな法的確実性がもたらされた。すなわち、これまで補償訴訟を妨げていた法的ハードルは撤廃され、カルテルに関与した企業を裁くための強力な経済的インセンティブが導入されたのである。
損害の2倍を補償
この法改正により、カルテルの被害者は、行政上および刑事上の制裁措置に影響されることなく、被った損害の2倍の額を受ける権利が与えられる。これで損害賠償を請求する動機付けが強くなり、カルテルによって引き起こされた損害の賠償を求める意欲が高まる可能性がある。ひいては、このような損害賠償を求める法的措置に資金を提供するための専門基金が設立される可能性も予想される。とりわけ、カルテル被害者が3倍の損害賠償を求めることができるアメリカでは(訳注:クレイトン法第4条)、このような訴訟を専門とする投資家や法律事務所が存在する。ブラジルはアメリカ式を真似ることで、カルテル行為に関与する関係者に対し、これまでより強力な抑止策を講じようとしている。
一方、訴訟を提起するプロセスにおいては長年にわたる大きな課題がある。その課題とは、訴訟にコストがかかるだけでなく、裁判所の審理が遅く、判決が出るまでに何年もかかることである。ブラジルでは投資家の数が少ないため、訴訟に発展するケースも少ない。しかし、この改正法が施行されてから、一部のアメリカの法律事務所がブラジルのパートナー事務所に訴訟戦略のリソースや専門知識のみならず、財政的な支援をしてまで訴訟提起を促しているという噂がある。もしこれが事実であれば、今後数年間で訴訟が増加することが見込まれる。
ピックアップ
- 【2024年11月20日「適時開示ピックアップ」】ストレージ王、日本製麻、コロプラ、GFA、KADO…
11月20日の東京株式市場は反落した。日経平均株価は売り買いが交錯し、前日から62円下落した3万8352円で引けた。そんな20日の適時開示は…
- 安藤百福「素人だから飛躍できる」の巻【こんなとこにもガバナンス!#36】…
栗下直也:コラムニスト「こんなとこにもガバナンス!」とは(連載概要ページ) 「素人だから飛躍できる」安藤百福(あんどう・ももふく、実業家) …
- 【《週刊》世界のガバナンス・ニュース#2】米エヌビディア、豪レゾリュート・マイニング、加バリック・ゴ…
組閣人事報道も相次ぎ、世界がトランプ米大統領の再来前夜に揺れ動く中、世界では、どんなコーポレートガバナンスやサステナビリティ、リスクマネジメ…
- 鳥の目・虫の目・魚の目から見る「公益通者保護法」の再改正【遠藤元一弁護士の「ガバナンス&ロー」#5】…
遠藤元一:弁護士(東京霞ヶ関法律事務所) 内部通報者への「不利益処分に刑事罰」構想の実効性は? 公益通報者に対して公益通報者保護法が禁止する…
- 【米国「フロードスター」列伝#1】「カリブ海豪華フェス」不正実行者の所業と弁明…
さる2024年9月、テレビ朝日系バラエティー番組『しくじり先生 俺みたいになるな‼』に、見慣れぬアメリカ人が登場した。その名は、ビリー・マク…
- 「日本ガバナンス研究学会」企業献金から大学・兵庫県知事問題までを徹底討論《年次大会記後編》…
(前編からつづく)ガバナンス弁護士の泰斗として知られる久保利英明氏が会長を務める日本ガバナンス研究学会。その年次大会が10月5日、大阪・茨木…