大正製薬MBO「株主総会トップ再任賛成率」の伏線
大正製薬ホールディングス(HD)が11月、MBO(経営陣による買収)を発表した。祖業である大衆薬市場の低迷を受け、中長期的な経営戦略を再構築すべく株式市場からの退場を決断したという。逆に言えば、上場は経営の足枷という判断だが、2023年6月末の株主総会における上原明HD社長(82)の取締役選任決議の賛成率が、前の再任に比べて大きく低下していたのだ――。
一方、上原社長のトップ在任期間は40年超(大正製薬時代を含む)に及び、超長期政権を続けてきた。トップの選任決議は“株主世論”を示す指標と言え、賛成率の低下は株主の不信任を物語る。そこで、大正製薬HDをはじめ、経営トップが長期にわたって在任する企業における再任賛成率をもとに、各社のコーポレートガバナンス状況を診断してみると……。
GMO熊谷会長「賛成率64%」の背後事情
経営トップが長期在任する主な企業群の中で最も再任賛成率が低かったのは、インターネット関連のGMOインターネットグループの熊谷正寿会長兼社長・CEO(最高経営責任者、60)だ。
2023年3月株主総会での熊谷会長の賛成率は64.36%で、前回より4ポイント以上落とした。GMOの筆頭株主は資産管理会社「熊谷正寿事務所」で33.47%を保有している。熊谷氏本人も8.42%を保有しており、合わせると上位株主判明分だけで熊谷氏関連は40%を超える(2022年12月末現在)。
1991年に前身のボイスメディアを立ち上げた熊谷会長。創業から30年余りとはいえ、年齢もまだ高齢とは言えず、PBR(株価純資産倍率)も3倍超と高いことから、さすがに“老害”批判は当たらない。しかも、大株主には日本マスタートラスト信託銀行やニューヨーク・メロン銀行、日本カストディ銀行、ニューヨーク銀行、サウジアラビア政府系投資ファンドのSAJAP、ノルウェー政府など、世界的な機関投資家が並ぶ。いずれもGMO株のパフォーマンスを評価してのことだ。
ところが、賛成率を分解すると、機関投資家のGMOに対する株主の不満が浮かび上がる。
熊谷会長の賛成率のうち、自身の関連保有分40%以外の株主は24%程度になる。つまり、熊谷氏関連を除く50%強を占める残りの株主の半分以下しか賛成していないのだ(棄権も含む)。言い換えれば、機関投資家の一部も賛成していないことは明白で、熊谷氏自身の4割を超える議決権がなければ、取締役選任案は事実上否決されたようなものだ。何が直接的な原因だったのか――。
ここまで株主が熊谷会長に批判的なのは、2006年に導入した買収防衛策が理由と見られる。
香港系投資ファンド、オアシス・マネジメントは2018年の株主総会で、GMOが導入した買収防衛策の廃止を株主提案した。オアシスの主張は、①買収者が経営陣を交代させて業績を改善させる可能性、②敵対的買収の潜在的な脅威が存在することによって、経営陣には買収されないように株価を高めるインセンティブが働くため、買収防衛策の存在は経営陣の自己保身を助長し、株主利益を損なう――というものだった。ちなみに、オアシスは2023年、エレベーター大手のフジテックで創業家出身のトップを放逐したことでも知られる精力的なアクティビスト(物言う株主)である。
【参考記事】
フジテック#1「追放創業家」が選んだ“最悪の選択”【株主総会2023】
結局、この時のオアシスの株主提案は否決されたものの、賛成率は40%を超えた(当時のオアシスの持ち分は6%)。熊谷会長の賛成率の低さと同様、機関投資家の一部が買収防衛策廃止に賛同したのは明らかだ。
GMOは2018年12月期に仮想通貨のマイニングで約355億円の損失を計上し、ROE(自己資本利益率)がマイナスになったが、19年以降は15~28%台で推移している。それでも、GMOのコーポレートガバナンスについて、機関投資家などが不満を持っていることを熊谷会長の選任案の賛成率の低さが示している。
オアシスは2018年の株主提案で、買収防衛策廃止と合わせて、指名委員会等設置会社への移行と、熊谷氏の社長と取締役会議長の兼任禁止も求めていた。GMOにおける熊谷氏の影響力が極めて大きいにもかかわらず、取締役会が人事や報酬の決定について、監督できていないという主張だ。それから5年を経たが、GMOはいまだ監査等委員会設置会社のままで、9人の取締役のうち社外は3人にとどまる。また、熊谷氏の現在の肩書は「代表取締役グループ代表 会長兼社長執行役員・CEO」である。
さらに、2023年から世界の機関投資家が重視している女性取締役起用についても、GMOは消極的で、女性取締役は現時点でもゼロだ。機関投資家は、女性取締役がゼロの企業の代表取締役の選任案に反対するよう推奨しており、このことも熊谷氏への賛成率を押し下げた理由と見られる。買収防衛策の株主提案を否決した2018年の株主総会での熊谷氏への賛成率は70%台だったことを踏まえると、今後も引き続き、時代とともに移り変わる「コーポレートガバナンス・コード」への対応力が問われそうだ。
次ページでは、長期政権を敷くトップで賛成率が低かった企業の一覧を掲載する。
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