内部告発をめぐる正当性判断に関する判例法理《主要判例の概要付き》【公益通報者保護法20年「ニッポンの内部通報」を振り返る#3】

前回記事

前回#2において指摘しましたが、公益通報者保護法とともに、内部告発をめぐる正当性判断に関する判例法理は、公益通報者保護制度全体にわたって大きな役割を果たしています。今年2026年12月施行の改正公益通報者保護法施行との関係においても実務上、大きな影響を与えるものと考えられます。今回はこの判例法理について、さらに深掘りしてお伝えしたいと思います。

従業員の「企業秩序遵守義務」

これまで裁判所は、内部告発に関して、労働者が使用者に対して負っている労働契約上の秘密保持義務や誠実義務、また、使用者が労働者に課している信用・名誉を毀損しない義務や使用者による企業秩序維持の観点に照らして、原則として「懲戒権行使の対象となる」としています。

しかし、公益目的に基づいて不正・違法行為に関する情報を開示することは、正当行為として違法性を阻却するものとし、仮に情報開示がなされたことによって組織の利益を損なうことになったとしても、公益を組織の利益に優先させる見地から、一定の範囲で内部告発を保護する枠組みを形成しています。

ですので、企業側には判例法理と公益通報者保護法それぞれの保護関係を踏まえながら内部通報制度を運用する、という実務上の対応が求められるでしょう。

例えば、労働契約法15条(懲戒権)との関係でいえば、使用者は就業規則などで服務規律を定め、労働者にこれに従うよう求める権限「企業秩序定立権」を有しており、富士重工業事件最高裁判決(最三小判昭和52年12月13日民集31巻7号1037頁)では「企業秩序は、企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠」と判示されています。

労働者は労働義務に加えて「企業秩序遵守義務」を負っているわけですが、公益通報者保護法では、公益通報を理由とする懲戒処分は、強行法規性によって企業秩序定立権の行使の限界点を定め、企業秩序遵守義務が及ばない範囲としての位置づけを明確化するとともに(2条3項にいう「解雇等特定不利益取扱い」)、労働契約法15条(懲戒権)の適用を妨げないこととされています(8条2項参照)。

「法律上の公益通報」に該当しない場合であっても、労働契約法や判例法理などを通じて、企業秩序維持や企業経営の存続にあたっては、コンプライアンス(法令遵守)を大前提としている点を重視し、コンプライアンス経営や公益に向けて行われる通報や、誠実性が十分担保されている通報については、従業員の企業秩序遵守義務が一定の範囲において免責される場合があり得ると考えられます。

ケース・バイ・ケースではありますが、公益通報に該当しなくてもコンプライアンスに資する通報については、企業経営存続や事業運営維持の前提となる行為として評価されるものと考えられます。

内部告発をめぐる数々の判例

さて、内部告発をめぐる正当性判断にあたっては、

①告発内容の真実(相当)性
②目的の正当性
③告発手段・方法の妥当性
④告発内容の組織にとっての重要性

……などの要素を総合的に考慮することとされています。これらについては、勤務先の配食サービス店舗の不衛生な状況を保健所に通報したことによるパート従業員の解雇の是非が争われ、その解雇が無効とされた甲社事件(東京地判平成27年1月14日労経速2242号3頁)などの判例があります。

最近の裁判例によると、後述するモルガン・スタンレー・グループ事件や日本サーファクタント工業事件などのように、主に①~③の要素を中心に判断しており、④の労働者が企業内部において違法行為等の是正努力を考慮要素とする裁判例(大阪いずみ市民生協事件・大阪地堺支判平成15年6月18日労判855号22頁他)もありますが、公益通報者保護法のように対象法律(法益)を限定することなく、広範に内部告発を保護しています。

近時の裁判例としては以下のようなものがあります。

水産業協同組合A事件(水戸地判令和6年4月26日労判1319号87頁)

週刊誌や警察に告発をした従業員に対する普通解雇について、内部告発が上司に対する私憤を晴らすという個人的な目的によるものであったとはいえず、告発内容が公益通報としての側面を有していたことなどを考慮し、解雇の有効性を基礎づける客観的合理的な理由を欠き、解雇が無効とされた事例。

パチンコ店経営会社A社事件(横浜地判令和4年4月14日判時2543・2544号104頁)

パチンコ台の出玉が少なくなるような遊技釘の調整を行っていることを警察に通報した従業員らへの減給処分および普通・整理解雇について、公益通報者保護法に定める通報対象事実(風営法違反の犯罪構成要件)を捜査等の権限を有する警察署への公益通報に該当するとして、降格・減給等が無効とされた事例。

医療法人偕行会事件(東京地判令和3年3月30日労判1258号68頁)

医療法人が理事兼従業員が法人の診療報酬をめぐる不正を関係先等に通報する旨を通知したことに対する懲戒解雇について、法人は理事兼従業員が公益通報の通知をする約4カ月前にすでに懲戒処分のための弁明の機会を付与する旨通知していることなどをもって、懲戒解雇が公益通報の通知と近接された時期にされたことをもって、懲戒解雇が公益通報の通知を理由としてされたものと推認することはできないとし、懲戒解雇が有効とされた事例。

Y学校法人事件(東京高判令和6年8月7日金判1706号17頁)

私立小学校の教頭が当該学校法人およびその役員に公益通報を行ったところ、自宅待機や給与不払等の取扱いの後の解雇について、公益通報者保護法3条2号に照らし、薄弱な根拠に基づき、容易に可能な裏付け調査すら行わないまま、本件告発を行ったものであって、通報対象事実である横領又は背任の事実が生じたと信ずるに足りる相当の理由があったとは認められないとして、解雇が有効とされた事例。

モルガン・スタンレー・グループ事件(東京地判令和6年6月27日労判1326号14頁)

人種・国籍によるハラスメントや昇進差別を受けている旨を申告した労働者が、その後の調査等に納得できないとして経営陣等へのメール送信を続けたことなどを理由とした解雇について、伝達した通報対象事実等は、真実(相当)性があるといえる根拠がなく、手段方法が相当であるとは全くいえず、不正の目的が認められないとしても、違法性が阻却されるとはいえないなどとし、解雇が有効とされた事例。

このほかには以下のような判例があります。

・日本サーファクタント工業事件(東京高判令和6年8月28日労判1329号52頁)
・社会福祉法人むぎのめ事件(神戸地裁令和2年12月3日TKC〔25567984〕)
・シェフォーレ(森永乳業)事件(千葉地裁令和3年9月8日TKC〔25590781〕)
・ローデンストック・ジャパン(東京高判令和4年1月20日労判ジャーナル123号44頁)

改正公益通報者保護法で想定されるインパクト

このように判例法理の役割は大きいものがありますが、改正公益通報者保護法との関係では26年12月の施行後にどのように相互作用していくものでしょうか。法と判例法理との多層的な規範構造をどのように位置づけていくのかが注目されます。

改正法の内容を確認すると、公益通報該当性(2条)や通報先保護要件(3条以下)には変更がないものの、内部公益通報体制整備への実効性を高める措置を講じているため、事業者の体制不整備や不徹底が考慮要素に含まれる可能性があります。また、通報者にとって内部通報を行うにあたって困難な事情の有無や周知の不足などの諸事情も考慮されることもあり得ると思います。

さらに、改正公益通報者保護法によって事業者の内部公益通報体制整備の強化によって、通報者が事業者内部において違法行為等の是正努力を考慮(内部通報前置)する方向性も生じる可能性もあります(上記④「内部告発の組織にとっての重要性」の考慮要素)。

その一方で、外部への公益通報(2号通報、3号通報)を含めて公益通報の妨害を禁止しているため(11条の2)、法の趣旨・目的に照らして、内部への公益通報(1号通報)を優先しなかった場合であっても、上記②「目的の正当性」や、上記③「告発手段・方法の妥当性」の各要素に重きを置く傾向が想定されるところです。

加えて、公益通報後1年以内の解雇と懲戒についてのみ立証責任の転換が行われるため(3条3項)、民事裁判手続にも大きな影響を及ぼすものと考えられます。特に、解雇と懲戒以外の不利益取扱いに関して、判例法理において当該規定を参考にした判断が予想されます。

特に外部への公益通報(2号通報、3号通報)における保護要件である真実(相当)性の判断にあたっては、立法趣旨・目的を踏まえ、判例法理においても通報対象事実の主要部分や根幹的部分についての通報者・告発者側の立証負担が軽減される方向性が考えられますし、裁判手続において法の趣旨や改正に至る背景・経緯に基づいて、裁判所による訴訟指揮権や釈明権行使にも一定の影響を及ぼすことが予想されます。

そして、通報後1年以内の解雇や懲戒に対しては両罰規定化されているため(21条、23条)、判例法理においても公益通報に類する内部告発を理由とした解雇や懲戒は違法性の高い行為として評価される可能性があるといえます。その他の不利益取扱いに関しても、新設規定の趣旨を踏まえて判例法理においても影響を及ぼし、通報者に有利に働く余地があるといえるでしょう。

なお、判例法理は一般的に労働者を対象としているが、改正公益通報者保護法ではフリーランスも含めて適用対象を拡大しているため、仮に改正公益通報者保護法の保護適用外の事案においても、役員の解任やフリーランスの契約解除のケースについても判例法理によって保護される可能性があると思われます。

このように改正公益通報者保護法と内部告発をめぐる正当性判断に関する判例法理との相互作用が高まることが予想されますので、実務上、法規定や法定指針等の内容にとどまらず、判例法理の趨勢にも注目していくことが重要です。

(#4につづく)

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