IR/ESGコンサルタント浜辺真紀子氏「内部通報制度と企業価値:投資家視点における位置づけ」【内部通報、私はこう考える】

内部通報制度はどうあるべきなのか――。有識者に聞くシリーズの今回は、東京エレクトロン デバイス独立社外取締役、日本マクドナルドホールディングス(HD)社外監査役など企業の独立社外役員を務め、IR(投資家向け広報)やESG(環境・社会・ガバナンス)のコンサルティングを手掛ける浜辺真紀子氏。日経統合報告書アワードの審査員でもある浜辺氏が、「株主・投資家」という視点から、企業や経営陣は公益通報制度をどのように位置づけ、ステークホルダーとの対話や説明責任を果たすべきかを解説する。

企業価値の毀損を防ぐための基盤が「内部通報制度」である

近年、企業不祥事が相次ぐ中で、内部通報制度の重要性が改めて認識されている。今年2026年12月には改正公益通報者保護法が施行されることもあり、制度の整備・運用に対する社会的要請は確実に強まっている。

しかし、資本市場の視点から見て重要なのは、制度の有無や形式そのものではない。各社における仕組みが実際に機能し、企業価値の毀損につながるリスクをどの程度抑制できているかである。

中長期的な視点で企業を評価する投資家が最終的に見ているのは「将来キャッシュフローとその実現可能性」である。将来キャッシュフローは不確実性を伴うため、資本コストによって割り引かれ、現在価値として評価される。企業が抱えるリスクは、キャッシュフローの毀損可能性だけでなく、資本コスト、すなわちリスク評価にも影響を与える。

不正会計、ハラスメント、人権侵害といった問題は、一度顕在化すれば、レピュテーションの毀損や訴訟、事業への影響を通じて、将来キャッシュフローに大きな下振れをもたらす。企業価値は成長によって徐々に積み上がる一方で、不祥事によって短期間で毀損される。

この現実を踏まえれば、内部通報制度は単なるコンプライアンスの仕組みではない。企業価値の毀損を未然に防ぐための基盤として位置づけるべきである。

東証アローズ(東京・日本橋兜町)

執行か監督か:内部通報のコーポレートガバナンスにおける意味

本来、コーポレートガバナンスと内部統制、リスクマネジメント、コンプライアンスは、役割と目的が異なる。コーポレートガバナンスは取締役会による経営の監督を指すのに対し、内部統制やリスクマネジメント、コンプライアンスは、その執行を支える仕組みである。これらは同じレイヤーの概念ではなく、切り分けて理解する必要がある。

コーポレートガバナンス・コードは、内部通報制度について、「取締役会がその体制整備の責務を負い、運用状況を監督すべき」であることを明示している。これは、内部通報制度が単なるコンプライアンス対応ではなく、取締役会の監督に関わる仕組みであることを意味している。

内部通報制度は、実務上、2つのルートに分けて考えると分かりやすい。

ひとつは、社内の内部通報窓口やコンプライアンス部門等を通じて、執行ラインの中で問題を把握し是正するルートである(執行ライン)。通常は執行側で調査・対応が行われる。

もうひとつは、取締役会や監査役、社外役員など、執行から独立した監督機能に対して、執行ラインを経由せずに直接情報を届けるルートである(監督ライン)。

前者は問題を把握し是正するための仕組みであり、後者は問題が隠されることなく独立して把握され、必要な是正が確実に行われるようにするための仕組みである。コーポレートガバナンスの観点から重要なのは後者である。

なお、第三者窓口(弁護士等)の設置は、通報の独立性や匿名性を担保するための有効な手段である。しかし、本質は「その情報がどこに届けられるか」にある。執行ラインに戻されるのか、それとも監督機能に直接届くのかによって、窓口の意味は大きく異なる。

経営トップに関わる問題や組織的な不正は、通常のレポーティングラインでは上がってこない可能性がある。取締役会が適切に監督できるかどうかは、重要な情報が実際に届くかどうかにかかっている。内部通報制度は、その情報を届けるための重要なルートのひとつである。

内部通報と「サステナビリティ・リスク」との関係

サステナビリティは、企業価値の観点から見れば、「機会」と「リスク」の2つに分けて捉えることができる(下図参照)。

出所:浜辺真紀子・本田健司『マテリアリティ(重点課題)経営』(仮題)同文舘出版、2026年8月刊行予定

機会とは、新たな市場の創出や競争優位につながる要素である。一方、リスクとは、適切に対応しなければ企業価値の毀損につながる要素である。本稿では、このうち後者、すなわち企業価値の下振れリスクに焦点を当てる。

サステナビリティに関するリスクは、環境問題にとどまらず、人権、労働、サプライチェーン(供給網)といった領域に広がっている。これらはいずれも、企業の将来キャッシュフローに影響を与え得る重要なリスクである。

企業は、人権方針など各領域に関する方針を策定し、デューディリジェンス等を通じてリスクの把握と対応を図る。また、取締役会は、これらの取り組みが適切に行われているかを監督する。

しかし、こうした取り組みにも限界がある。サプライチェーンにおける人権問題や、職場におけるハラスメントなどは、デューディリジェンスでは把握しきれない場合もあり、企業内、あるいはサプライチェーンに関わる通報者からの情報によって初めて明らかになることが少なくない。

図表の下段に示されるように、サステナビリティ・リスクには、自社事業に起因するものと、サプライチェーンを通じて発生するものがある。内部通報制度は、これらのリスクのうち、外部からは把握しにくい問題を可視化するための仕組みである。

言い換えれば、内部通報制度は、執行ラインと監督ラインの双方において、企業価値の毀損につながり得るリスクを、顕在化する前に把握するための基盤である。

企業が情報開示において問われていること:「通報件数」をめぐる誤解

内部通報制度に関する開示には、本質的な制約がある。個別事案の内容を開示することは、通報者保護や調査の独立性の観点から現実的ではない。投資家が見ているのは「何が通報されたか」ではなく、「問題を把握し、是正する仕組みが機能しているか」である。

この点で誤解が生じやすいのが通報件数である。

件数は制度の実効性を直接示すものではない。多い場合には、問題の多さを示している可能性もあるが、同時に通報しやすい環境が整っている結果である場合もある。逆に、少ない場合でも問題が存在しないとは限らない。

したがって、開示において重要なのは、件数そのものではなく、通報された情報がどのように扱われているかである。

具体的には、まず通報内容が適切に調査され、組織として是正されているかという執行ラインの機能である。そのうえで、通報内容が経営から独立した形で把握され、必要に応じて取締役会に報告されているかという監督ラインの機能が問われる。

とくに、執行トップに関する通報が、社外取締役や監査役による監督に適切に活用されているかは重要な論点となる。

これらのプロセスが明確に示されて初めて、投資家は制度の実効性を評価することができる。

投資家に対して説明すべきこと

企業に求められるのは、自社の内部通報制度がどのように機能しているのかを、具体的に説明することである。すなわち、どのような経路で情報が把握され、どのレベルで共有され、どのように是正されるのかである。

重要なのは、自社のコーポレートガバナンスがどのように機能しているかを、投資家に理解可能な形で示すことである。

内部通報制度は「問題をなくすための仕組みではない」

繰り返すが、内部通報制度の本質は、制度の有無や通報件数ではない。それは、

・問題を適切に把握し、組織として是正できるか(執行ライン)
・上がった問題を経営から独立して把握できるか(監督ライン)
・そしてそれを企業価値の毀損につながる前に是正できるか

という点にある。

内部通報制度は、問題をなくすための仕組みではない。問題を可視化し、企業価値の下振れを防ぐための仕組みである。

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