フジテレビ問題は対岸の火事ではない〜「人のふり見て我がふり直せ」は経営者の法的な義務である〜【野村彩弁護士の「ハラスメント」対策講座#2】

野村 彩:弁護士(和田倉門法律事務所)、公認不正検査士(CFE)
会社から“雇用”でなく“委任”されているのが取締役
文春砲に端を発したテレビ局の「性的接触を伴う不適切な会食」問題。あの報道を受けて、経営陣のみなさまはどのような感想をお持ちになっただろうか。
みなさまが役員でなければ、「フジテレビさんも大変ですなぁ」で終わり――という対応がないわけではない、かもしれない。しかしながら取締役だった場合、「大変ですなぁ」で終わると、それは法的な義務違反となる可能性がある。
そしてご自身が損害賠償請求を受けることもある。「会社が」損害賠償請求を受ける、の書き間違いではない。「取締役自身が」損害賠償請求を受ける可能性があるのだ。
なぜなら、取締役には「フジテレビさんみたいなことが当社で起きないように体制を構築する義務」があるからである。
「大変ですなぁ」だけではなく、「フジテレビで起きたことは、うちでも起きるかもしれない。当社のハラスメント対策は十分に機能しているか? あの事件を受けて手直しをするべきなのではないか?」と、反応して対応する必要がある。これを「内部統制構築義務」という。
「いやいや先生、そりゃそうした方がいいのだろうけど、だからって、私が個人的に損害賠償請求を受けるってどういうことですか!?」
この点についてご説明すると、前回、取締役とは「ひとりのプロ」である――とお伝えした。
そもそも、取締役の法的な立場は、従業員とはまったく異なる。
まず、従業員は、会社から雇用されている。これに対し取締役は、会社に「雇用」されているわけではない。「委任」されている*1 。
*1 従業員兼務取締役の場合は「雇用」も「委任」も両方されている、ということになる。
雇用と委任(準委任)はどう異なるのかというと、雇用された労働者の義務は、「会社の指揮命令に従って労務を提供すること」であるが、委任を受けた者の義務は「委任されたことを処理すること」である。ここでポイントは、労働者は会社の具体的な指揮命令に従わなければならないが、受任者はそうではない、ということである。
例えば、医師に手術を依頼するのは(準)委任契約と考えられるが、その際に、患者が医師に対して治療の仕方を細かく指示することはない。
「先生、手術の準備は、月曜から金曜まで、朝9時から午後6時までの時間帯で行なってください。服装は白衣またはビジネスカジュアルです。薬剤はこれを何時に投与してください」というような指揮命令はしない。
通常は、「やり方はお任せするから、とにかく病気を治してください」という頼み方をするはずである。委任者がやり方をよく分かっていないからこそ、プロである医師に依頼をしているのだから当然である。
では医師は自由気ままに好き放題やってよいのかというと、もちろんそんなことはない。医師としてやるべきことをやっていないと、医療過誤訴訟で責任を追及される。
つまり、プロにものを頼む時は、事前にあれこれ指図することができない(できないからプロに頼んでいる)から、事後的に、プロが失敗した時にはじめて責任を追及するしかないのである
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