前回記事
今年2026年12月1日に施行が予定される「公益通報者保護法の一部を改正する法律」(以下「改正法」)。2015年から約5年間、消費者庁で公益通報者保護制度の設計や運営に携わり、企業の内部通報実務に精通した中野真弁護士が、改正法の重要ポイント、改正法により想定される企業への影響について、4回に分けて解説する本シリーズ。#2の今回は、改正法のうち、公益通報の範囲、不利益な取扱いからの保護規定について解説する。
1 改正された「公益通報」の範囲
前回#1では、公益通報者保護法の適用があるか否かの線引きを行うための、「公益通報」の要件について解説を行った。改正法では、この「公益通報」の範囲に関する改正も行われている。
(1)公益通報者の範囲拡大:フリーランスが追加される
近年、人々の働き方が多様化し、いわゆるフリーランスという形態で働く者が増えているが、フリーランスは、取引先の事業者に経済的に依存する傾向があるなど、労働者と同様に弱い立場にある。このことに鑑み、2024年に施行された特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)において、フリーランスには「特定受託業務従事者」として一定の保護が与えられた。
こうした特定受託業務従事者(フリーランス)は、取引先として事業者の不正を目撃し得る立場にあることから、事業者の法令違反行為を通報することが期待される。このような点を踏まえ、改正法では、特定受託業務従事者等が新たに「公益通報者」の範囲に加えられた(改正後の法2条3号および4号)。
上記で「特定受託業務従事者等」としているのは、新たに公益通報者に加えられる者は、現に特定受託業務従事者である者だけではなく、過去1年以内に特定受託業務従事者であった者も含まれるためである。また、法令違反を行った事業者の取引先事業者との関係で特定受託業務従事者である者、もしくは1年以内にあった者も含まれる(例えば、食品製造会社A社から配送を請け負っているB社との間で個人で業務委託契約を締結しているCがAの法令違反行為を通報する場合等)。
このように、特定受託業務従事者等による通報が公益通報となったことに伴い、事業者としては、特定受託業務従事者等による公益通報についても、従業員に対するのと同様に、内部通報窓口における受付・調査・是正等の措置や、不利益な取扱い・範囲外共有・通報者探索等からの保護措置等を講じる必要がある(法11条2項、改正後の法定指針第4.1、同第4.2参照)。
また、公益通報対応業務従事者は、特定受託業務従事者等による公益通報に関し、公益通報者を特定させる情報について守秘義務を負うことになる(法12条参照)。さらには、特定受託業務従事者等が公益通報をしたことを理由として、不利益な取扱いを行うことが禁止される(改正後の法5条)。
(2)従事者指定義務の違反が通報対象事実となる
公益通報の要件である「通報対象事実」は、最終的に刑罰または過料の対象となる事実である必要がある。そして、次回#3で解説するが、改正法では、法的義務である従事者指定義務の違反について消費者庁長官による措置命令の対象となり、当該命令の違反が刑罰の対象とされた(改正後の法15条の2第2項、改正後の法21条2項1号)。
これに伴い、法的義務である従事者指定義務の違反について新たに通報対象事実の範囲に加えられることとなった(改正後の法2条3項2号)。
この改正により、消費者庁には、法的義務である従事者指定義務違反の公益通報について、必要な調査を行い、従事者指定義務違反の事実が認められた場合には、法令に基づく措置(措置命令等)、その他適当な措置をとることが義務付けられた(法13条1項)。
2 不利益な取扱いからの保護規定に関する改正
#1では、公益通報を行った結果として不利益な取扱いを受けるという懸念を払拭するための、不利益な取扱いからの保護規定について解説した。改正法では、こうした不利益な取扱いからの保護規定についても改正が行われている。
(1)労働者への解雇・懲戒が「公益通報を理由とすること」を推定
改正法の施行前は、労働者への解雇または懲戒が公益通報の後に行われた場合においても、当該の処分が公益通報を理由とするものであること、逆に言えば、不正行為等の他の事情を理由とするものではないことは、労働者の側で立証する必要があった。しかし、この立証の負担は重く、公益通報を躊躇する要因になっていると指摘されていた。
そこで、改正法では、労働者への解雇または懲戒について、公益通報を行った日から1年以内(事業者が知った日がより遅ければ知ってから1年以内)に行われた場合には、当該解雇または懲戒が公益通報を理由とするものと推定する旨の規定が設けられた。
これに伴い、公益通報を理由とする解雇または懲戒の有効性が争われる民事訴訟では、事業者の側で、その処分が公益通報を理由とするものではないことを高度の蓋然性を持って主張立証しなければ、解雇または懲戒は公益通報を理由とするものと判断されることになる。
ここでいう「懲戒」については、処分の重さによる限定がされていないため、例えば、戒告、譴責といった軽い処分であっても、公益通報を理由とするものであると推定される。
また、従事者守秘義務の関係上、懲戒処分を実施する事業者の担当者(人事部の職員等)は、必ずしも懲戒対象者が公益通報を行った者であることを認識していない場合が多いことが想定されるが、懲戒対象者が公益通報を行ったことを事業者の担当者が現に知らなかった場合においても、推定自体は行われてしまう。そのため、事業者としては、懲戒対象者が公益通報を行ったか否かにかかわらず、戒告等の軽い懲戒処分を行う場合であっても、民事訴訟に耐えうる十分なエビデンスを事前に確保しておく必要があり、一定の負担が生じるといえる。
事業者の担当者において、懲戒対象者が公益通報者であると認識をしていないことを立証することができた場合には、推定を覆すことができるものの、このような立証には一定のハードルがあるといえよう。

(写真は東京地裁)
(2)公益通報者保護法に反する労働者への解雇・懲戒を刑罰の対象とする
改正法の施行前は、公益通報を理由とした不利益な取扱いは民事上違法となるにとどまり、刑罰の対象とはされていなかった。しかし、公益通報を理由とした労働者への解雇や懲戒については、法の趣旨を損なう加害行為であって違法性が高い行為であり、現実の実態や国際的な潮流を踏まえると、民事上違法であるとするだけでは不十分と考えられた。
そこで、改正法では、労働者への解雇または懲戒について、保護要件を満たす公益通報を理由として行われた場合、解雇または懲戒に関与した個人および法人に刑罰が科されることとなった(改正後の法21条1項、改正後の法3条1項)。
刑罰の対象となる個人は、懲戒権者(代表取締役等)など形式的に解雇または懲戒の意思表示をした者が直ちに該当するわけではなく、実質的な意思決定をした者やそれに関与した者(直属の上司や人事部の職員等)が対象となる。また、上記の(1)と同様に、懲戒については、処分の重さによる限定がされていないため、例えば、戒告、譴責といった軽い処分が公益通報者保護法に関して行われた場合であっても、刑罰の対象となる。
なお、刑罰の適用に際しては、(1)で解説した推定規定が適用されないことから、検察官の側において、公益通報を理由とすることも含めて挙証する必要がある。
公益通報は、内部通報窓口を介さない上司への報告なども含むことから、例えば、法令違反である旨の指摘(これは「公益通報」に当たる)を部下から直接受けた上司が、業務命令違反があるとして部下に対して戒告を行う場合等においても、懲戒処分を行うことに関与した上司は刑罰の適用対象となることが想定される。
このような事態を防ぐため、今後、事業者においては、労働者等に対する公益通報者保護法の周知(法11条2項、改正後の法定指針第4.3.(3))について、これまで以上に徹底する必要があるといえる。
(#3につづく)
