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第3回【牛島信×八田進二#1】惰性の“社長”内部昇格で日本経済「失われた30年」

プロフェッショナル会計学が専門でガバナンス界の論客、八田進二・青山学院大学名誉教授が各界の注目人物とガバナンスをテーマに縦横無尽に語る大型対談連載。シリーズ第3回のゲストは、企業法務の領域で長年活躍する弁護士にして、小説家の顔も持つ弁護士・作家の牛島信氏。今もM&A(合併・買収)や国際訴訟など複雑な案件の第一線で立ち続ける傍ら、NPO法人日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク理事長も務める。日本企業の表も裏も知悉する牛島氏だが、日本経済再興のツールこそコーポレートガバナンスだと語る。「失われた30年」から日本を救う、そのガバナンス論の真髄とは――。

「企業の存在意義は“雇用の最大化”である」という確信

八田進二 牛島先生が2022年9月に出された『日本の生き残る道』を拝読しました。日本の復活を強く望み、それを実現するのはコーポレートガバナンスだというご主張、全く同感です。先生が日本の復活を強く望まれる背景には、1949(昭和24)年生まれ、私も同じで団塊最後の世代だということがあると強く感じました。

牛島 信 そうでしたか(笑)。何か因縁めいたものを感じますね。

八田 先生は2浪して東大法学部に進まれたんですね。当時は“東大至上主義”の時代でしたから、私も目指していましたが、1浪した翌年の1969年は学園紛争で東大の入試がなく、進学を諦めました。しかし、先生は初志を貫徹されたんですね。

牛島 当時は現役で東大に合格できる人は少なく、私の周囲には3浪も多かったですね。

八田 われわれの世代は高度成長期の真っ只中で10代を過ごし、その後も右肩上がりの経済で20代、30代を過ごしています。日本は1968年にGDP(国内総生産)が世界2位になり、1970~80年代の日本は世界中から尊敬を集めました。ところがバブルが弾け、日本経済が凋落し始めたのは、40代も半ばになった頃でした。

同世代もしくは、それよりも上の世代の人の中には、古き良き時代を無批判に懐かしむ人もいますが、先生は凋落の原因が、その古き良き時代に有効に機能していた社会システムが機能しなくなって以降、長期間有効な手だてが打たれないまま30年以上が経過してしまったということを冷静に分析されています。

そのうえで、現状打開のために必要なのは、リーダーシップを発揮できる経営トップ、即ち社長であり、そんなリーダーシップのある社長選びを可能にする仕組みこそが、コーポレートガバナンスだと主張されています。コーポレートガバナンスの概念を広範囲に捉えず、「適格な社長選任の仕組み」という点に集約された点、大変に特徴的だと思います。

牛島信弁護士(撮影=矢澤潤)

牛島 私は企業の最大の使命は雇用の維持・増加だと考えています。コーポレートガバナンスとは、「雇用を最大化できるだけの富を生み出せる人物を、経営者として選任するための仕組み」だというのが、私の中でのコーポレートガバナンスの定義です。

八田 そういった考えに辿り着くに当たっては、何かきっかけがあったのでしょうか。

牛島 2006年に王子製紙が北越製紙に敵対的買収を仕掛けたとき、これがきっかけですね。私は北越の代理人として、王子の買収から防衛する側だった。私は法律家ですから、法廷闘争に発展した場合のことを第一に考えました。結果的に本件は法廷闘争には至りませんでしたが、どうしたら王子製紙による買収が不当なものであるということを裁判所に認めてもらえるのか、会社とは何のため、誰のためにあるのか、徹底的に考えましたね。

八田 確かに、コーポ―レートガバナンスについて盛んに議論がなされるようになった時、誰もが、会社は誰のものかとか、会社は何のためかといったことを口にしていました。

牛島 そこで辿り着いたのが、企業が富を増やす目的は、雇用のため、そしてその最大化のためであるべきという考えです。というのも、このとき、王子は北越が導入した最新鋭設備の共同利用を持ちかけてきた。しかし、それは北越の成長を妨げる内容であり、北越の雇用を壊しかねません。人間は一義的には生活費を稼ぐために働くわけですが、自分の仕事が社会に役立っているという自覚を持てれば、人間は自尊心を持つことができ、幸福になれる。この考えを突き詰めていくと、企業が富を増やしているかどうか、企業価値が上っているかどうかを表す“代理変数”が利益と株価ですから、経営者にはそのことへの説明責任が発生します。

八田 おっしゃるとおり、組織のトップには、自身の有する権限を行使した結果については、関係者に対しての説明責任が課せられていると言うことは、極めて重要な指摘です。

牛島 その説明が合理的かどうか。その人物が経営者として企業の富を増やしているか、増やし続けていけるのか。それを株主が判断し、適格性のある人物を社長に選任して、適格性のない人物は解任する。そういう仕組みがコーポレートガバナンスだと考えています。もちろん雇用の行き過ぎた保護は排除されるべきで、企業価値に比べて過大な雇用は国民を幸福にしないことは言うまでもありません。ただ、日本を救うには、社長選任の仕組みを変えるしかないと思います。

八田進二・青山学院大学名誉教授

バブル崩壊をきっかけに不在になった“経営者の監視役”

八田 社長が基本的に内部昇格で、その内部昇格の社長が、これまた内部の候補者の中から後継者を指名する。この慣行を破らないとダメだと?

牛島 内部昇格によって社長が決まっていく今の日本企業の慣行は、実は戦後のものなんですよね。戦前の日本の株式会社は直接金融で成り立っていて、資本家が経営者を決める仕組みが機能していました。

八田 今でも財閥系の企業グルーブは存在していますが、戦後から今日に至る間に、その影響力は大きく変化していますね。

牛島 そうです、戦後、財閥解体の過程でGHQが財閥から接収した傘下企業の株式は、後に株式市場で広く売却されます。それが株の持ち合いにつながりました。株式会社の株主が資本家から持ち合い株主に代わったわけです。この結果、株式会社は従業員の協同組合になり、そのなかでの経営者は、社内で面倒見が良い人、仲間から信頼されている人が、一つひとつステップを上がって到達するポジションに変貌したわけです。

八田 つまり、わが国の場合には、真に経営能力やマネジメント能力を有していなくとも、仲間内での協力を得て社長に就いていられたわけですよね。

牛島 むしろこのやり方が忠誠心を高めていたと思います。また、高度成長期には企業の成長にとって必要な資金は、銀行が融資する間接金融の形で供給していました。だから、政府は国民に銀行への預金を奨励し、そして銀行はその預金を株式会社に貸す。銀行は融資先の株式も保有する株主の立場も兼ねていたので、銀行が株主、債権者双方の立場から経営者の監視役を務めていたわけです。

八田 まさに、間接金融依存型の経営が蔓延しており、銀行が、融資先のガバナンスに対して主導権を握っていたということですよね。

牛島 しかし、バブル崩壊後に銀行の力が弱まり、株式の持ち合いも次第に解消に向かって、銀行に代わる監視役がいなくなってしまったわけです。先生にとっては、釈迦に説法の講釈ですみませんが……。

八田 いえいえ。確かに、日本の経営者の報酬が諸外国に比べて極端に低いのも、経営者が内部昇格で決まるからですよね。

牛島 「仲間がいるのに自分だけ多くもらえない」と言う経営者の方は少なくないですからね。人材の面でも、株主がその会社の従業員や銀行、旧財閥グループ企業、取引先など、仲間内になった影響は大きかったわけです。また、従業員に終身雇用を約束するようになったのも、持ち合い仕組みの結果、株主が形式的なものとなり、実はその会社の従業員や仲間内の企業となったからであり、新卒採用一辺倒になったのも終身雇用と一体で、一人ひとりの従業員の才能を見出し、引き出すことを会社の使命と位置づけたからに他なりません。だから、従業員の個のレベルの自意識は脆弱になってしまった。とはいえ、プラザ合意(1985年)まではそれでとてもうまく行っていたのです。

八田 やはり、プラザ合意が転換点ですよね。プラザ合意以前は、日本の経営者は「経営」をしていなかった。経営をしていなくても会社がうまく回っていたわけですからね。

牛島 私もそう思います。経営者というより仲間の代表者です。プラザ合意で、日本は安い円を追い風に輸出で稼ぐという道を閉ざされました。「作れば売れた時代」の終焉です。そこで日本人は“次”の安定した社会の仕組みを創造しなければいけなかったのに、それをしなかった。政治の責任は非常に大きいと思います。アメリカから内需拡大を迫られ、金融を緩和して行き場がなくなったカネがバブルを生んだ。それでもまだ銀行が監視役を務めていた間は良かったけれど、それも崩壊してしまって、誰も経営者を監視しなくなった結果、一部を除いて惰性で社長の交代が繰り返されてきたのが、この30年と言えるでしょう。

八田進二教授の「牛島信氏との対談を終えて」

『株主総会』『社外取締役』そして『少数株主』といった、企業法律小説を発表してきている小説家としての牛島信氏の表の顔は、企業法務に長けた現役バリバリの著名な弁護士である。

もともと一読者として牛島氏の小説に接していたのであるが、ある時、監査法人主催の講演会で講師をしたときに、第一番に難しい質問をされたのが牛島氏であり、互いに、「よく知っています」と挨拶を交わしたのである。それは、二人ともコーポレートガバナンスに関して多くの意見発信をしてきていたことから、初めての出会いとは思えないほどに、親近感を抱いたからであろうと思っている。

牛島氏は、「会社は何のためにあるか」といった問いに対するキーワードは、「雇用」であると喝破される。つまり、「雇用があるから、人々は生活の糧を得て幸せに暮らせる。そのためにこそ会社は存在するのだ」というのである。そのためにも、安定した雇用の確保と社会全体の幸福を増大させるための仕組みである株式会社制度の成長を促すものが「コーポレートガバナンス」というのである。

こうしたガバナンスの成否を決するのは、強いリーダーシップを持った経営者であり、加えて、そうしたリーダーシップを持った経営者を選任するためにも、独立した社外取締役の役割が極めて大きいと指摘するのである。まさに、牛島氏の主張するガバナンス論は、「リーダーシップ至上主義」と解される由縁である。

牛島氏の小説家としての構想は、戦後の日本が歩んできた道、それは、GHQに始まり、戦後復興、高度成長、石油ショック、プラザ合意後のバブル崩壊等、失われた30年ないし40年の実態を後世に語り継ぐための小説を執筆することだと宣言された。

八田進二教授 牛島信弁護士(右)

第3回「牛島信×八田進二」#2に続く

【ガバナンス熱血対談 第3回】牛島信×八田進二シリーズ記事

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