第12回【油布志行×八田進二#2】新NISAで生み出す「資産運用立国」の好循環
八田進二・青山学院大学名誉教授が各界の注目人物と「ガバナンス」をテーマに縦横無尽に語り合う大型対談企画。シリーズ第12回目のゲストは金融庁総合政策局長の油布志行氏。スチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コード策定に尽力した経緯から考える今後の課題を語る。そして、NISA導入にも政策担当者として関わった油布氏が描く「資産運用立国」への道とは――。
機関投資家も「有意義なエクスプレイン」に期待
八田進二 (#1から続く)ところで、スチュワードシップ、コーポレートガバナンスのWコードの「コード」は日本語訳せずに、英語のまま使われましたよね。どういった意図があったのでしょうか。
油布志行 日本語だと「規程」とか「規範」と訳されるのでしょうか。それだと、コードの本質的な意味とはだいぶニュアンスが違ってしまうので、そのまま使うことにしました。
八田 日本人が「コード」と言われて思いつくのは、正式なパーティーなどでのドレスコードくらいでしょうか。私の理解だと、コードは限られた社会や集団といったクローズドなシステムの中で採用されている、ある意味、法律よりも厳格に遵守されるべき合意されたルールだということです。だからこそ、「コンプライ・オア・エクスプレイン」(遵守せよ、さもなくば、説明せよ)。従わないのなら納得のいく理由を示して、従わないことについての説明をしなければならない。したがって、コードという言葉を敢えて日本語に訳さず、そのまま使ったことは、かえって良かったのではないかと思っています。
油布 ありがとうございます。先生はコードをクローズドなサークルの中での極めて強いルールだとおっしゃいましたが、本質的にそうあるべきものとしてつくられているものだと思いますし、その点を追求していくべきだと思います。
八田 ただ、コードを遵守しない場合、その理由を明確に説明することが日本人は不得手だから、どうしても横並びになってしまう面がありますよね。
油布 裏話をしますと、コードを策定した時は普及第一で、日本人の横並び意識を利用したところがあります。どこかが受け入れれば、同業他社も受け入れる。生命保険会社などの機関投資家のうち、どこかがスチュワードシップ・コードに賛同して受け入れるのであれば、「ウチもやらざるを得ない」といった形で広がって行くと踏んで、実際にそうなりました。
その一方で、実際にコードに当てはめる場面で横並びというのは極めて有害でもあります。スチュワードシップ・コードを策定した時に投資顧問業協会や生命保険協会に強くお願いしたのは、開示項目や公表すべき項目の“ひな形”をつくることは絶対にやめてほしいということでした。それをやられたら、どの会社も同じ文言の金太郎飴みたいな状態になってしまい、エクスプレインの本質が台無しになりますからね。
八田 つまり、自社はどうなのか、自ら考えないと地に足がついた議論はできないということですよね。アングロサクソンの世界で彼らが言う「コンプライ・オア・エクスプレイン」での説明責任とは、客観的なエビデンス(証拠)や必要な情報を示して、自分たちの言葉で納得のいく説明を行うことを指しますが、日本人は言葉巧みにスラスラと話すことを説明責任だと勘違いしている。だからかもしれませんが、初年度の開示では、エクスプレインはなくて、みんな、コンプライ、コンプライばかりでしたね。
油布 Wコードをつくった後、すぐに私は異動になってしまったのですが、金融庁内でもコーポレートガバナンス・コードのデータをとって「企業のコンプライ比率97%」といったグラフを作成したりしていました。しかし私は、そんな恥ずかしいグラフをつくるのはやめようと担当者にお願いしました。先生がおっしゃったように、意味のあるエクスプレインのほうが安直なコンプライよりも、はるかに価値がありますからね。
八田 私の拙い社外役員としての経験ですが、コンプライしないと、マーケットからネガティブな評価を受けると思っていているところもありました。だから、「そうじゃない。自社にとってこれは遵守できるのか・できないのか、すべきか・すべきでないのか、自分の頭で考えないといけないんです」と言うと、今度は現場も執行も覚悟がつかなくなる。ただし、私は常に「コンプライしていると言って、実際にはやっていない場合は“虚偽記載”になる」と言い続けてきましたので、少しは理解してもらえたのではないかと思っています。
油布 特に日本の機関投資家は多数の企業に投資するパッシブ系なので、コードについても、ボックス・ティッキング(価値判断を伴わない形式主義)な考え方になりがちですね。これは改めなければいけないことだと思います。ただ、彼らの中にもコードについて造詣が深かったり、その分野に携わったりした経験のある人たちは、単純にコンプライしているよりも、エクスプレインしている会社に魅力を感じると言います。そして、「なぜエクスプレインなのか」とその理由を経営者にじっくり聞いてみたいと言う機関投資家の担当者も出てきていますね。
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