【公益通報者保護法20年「ニッポンの内部通報」を振り返る#1】個人の良心と組織の論理

私はこれまで労働法や消費者法の法分野を中心に研究を続けてきました。消費者・労働者と事業者・使用者との間には交渉力の不均衡、情報量の格差などの非対称性が存在します。これらを法政策上、どのように是正するかを考察してきました。

私自身、内閣府国民生活局企画課(当時、現消費者庁)を振り出しに、消費者庁企画課で公益通報者保護制度に関する実務を担当するとともに調査・研究に従事し、現在に至るまで、公益通報者保護制度における実効性確保の在り方についての研究を進めてきました。公益通報者保護法が施行されてから(06年)、今年で20年となりましたが、同法は20年に1度目の改正、そして、25年に2度目の改正がなされ、今年(26年)12月に改正法が施行されます。

本レポートでは、これまでのアカデミズムでの研究活動に加え、こうした私自身の実務経験などを織り交ぜながら、日本における内部告発を含む公益通報の軌跡を振り返ってみたいと思います。

『七つの会議』主人公が語る「この世から不正はなくならない」

内部告発や公益通報を題材にした映画・ドラマや小説は数多く、例えば、真山仁『プライド』(新潮文庫)、滝沢隆一郎『内部告発者』(ダイヤモンド社)、池井戸潤『空飛ぶタイヤ(上)(下)』(講談社文庫)、同『不祥事』(講談社文庫)などがあります。いずれも正義感を持った社員や職員が意を決して不正に立ち向かう姿をまざまざと描いています。

数年前にはなりますが、池井戸潤『七つの会議』(集英社文庫)をもとにした同タイトルのドラマ(NHK、2013年放送)や映画(19年公開)は社会的にも大きなインパクトを与えました。海外でのタイトルは「whistleblower」(ホイッスルブロワー)とされており、日本語に訳すと「内部告発者」とか「公益通報者」となります。さらに「whistleblower」の語源を紐解くと、不正を発見したときに笛(whistle)を吹いて(blow)、広く周囲に知らせることに由来しています。

このようなタイトルの通り、『七つの会議』は、中堅電機メーカーを舞台にした不正隠蔽と「内部告発」を題材としています。映画版では、エンドロールにさしかかる直前に、野村萬斎が扮する主人公の八角民夫(やすみ・たみお)が、次のように述べています。

「この世から不正はなくならない、絶対に」
「会社の常識が世間の常識よりも大事になってしまう」
「藩(会社)のために命を懸ける」
「会社を生かすためなら、人の命より会社の命を優先させてしまう」
(不正を減らすためには)「ひたすら言い合っていくしかない、悪いことは悪い、命より大事なものはない」

まさに、組織の不祥事は、「会社の常識」にとらわれてしまい、会社の利益や会社を優先するあまり、大切な「何か」(生命、身体、財産)を犠牲にしているといった、日本社会のリアルを垣間見ることができます。

「ひたすら言い合っていく」というスタンスや、不正・違法行為を見て見ぬふりをせず、声を上げていくというスタンスこそが、組織を強靭化し、持続可能なものへと変貌させる要素といえます。不正・違法行為によって得られた“利益”よりも、発覚した際の“ダメージ”のほうが大きく上回ることを改めて再認識すべきでしょう。

そうした意味においては、企業・組織内における内部通報制度をより実効性あるものにすること、声を上げた通報者を確実に保護することは、企業・組織を守ることにつながるといえるでしょう。

ガバナンス強化の陰で相次ぐ企業不祥事

2015年のコーポレートガバナンス・コード(CGコード)の制定などを受け、この10年余り、大企業を中心にガバナンスの強化が謳われてきました。なかには会社法上の指名委員会等設置会社に移行する上場企業もあります。この場合、指名・監査・報酬の3委員会を取締役会内部に設置したうえで、各委員会の構成は(独立)社外取締役が過半数を占めなければなりません。

実際には指名委員会等設置会社を採用する上場企業は現時点で100社程度にとどまりますが、それ以外の企業でも、東証プライム市場上場であれば3分の1以上、他の市場区分なら2名以上の独立社外取を選任すべきであると、CGコードには定められています。

その結果、著名人を社外取に招聘するなどして、経営における監督と執行の分離、そして自社のガバナンスの健全性を社内外に示す動きが活発化しているのが現状です。

しかし、今もなお、企業・組織内における不祥事が相次いでいます。こうした高度なガバナンス体制を構築している大企業でも不祥事が明らかになっているということは、ガバナンスが形骸化している証左といわざるを得ません。

ケース・バイ・ケースではありますが、例えば、社外取が代表取締役社長の意に沿わず、忌憚なく「ものが言える」環境なのかどうかも不透明です。まさに「仏作って魂入れず」の状況が続いているということなのでしょう。

公益通報は企業不祥事を抑止し、そして経営幹部自身を守る「最後の砦」

内部通報制度(窓口)も同様です。

内部通報制度が機能していない理由としては、不正・違法行為を自浄する自発的な行動が起きない風土、消費者や一般社会よりも“組織の論理”や“組織の利益”を優先する体質、つまり、声を上げようとしない環境であったり、声を上げられない環境の場合もあるでしょう。

なかでももっとも危惧されるべきは、「声を上げても変わらない」という通報意欲の減退、諦めに至っている場合です。不祥事を起こしたある企業では「言ったもん負けの文化がある」と証言した社員もいます。

つまり、日本社会では、これまで行政や政治主導によってコンプライアンス(法令遵守)やガバナンスに関する法制度化が進んできた反面、組織が自主的・主体的にガバナンスに関して具体的に検討してきたわけではない、という背景も指摘しておかなければなりません。

まさに、通報に対して組織が目をそらすことなく、自発的に、組織ぐるみで是正に向けて目覚めるかどうか、が重要であるといえます。ましてや、通報者を特定し、不利益取り扱いなどを行うことは断じてあってはなりません。

自由奔放でありつつも、信念を貫く強靭な精神を持つ八角民夫だけではなく、誰もが声を上げやすい組織風土や社会に向けて、公益通報者保護制度の果たすべき役割は極めて大きいのです。

また、公益通報者保護法が求めている内部公益通報体制の整備義務を適正に履行することは、不祥事を未然に防止する抑止力としての意味合いもあります。そして何より、労働環境が組織の構成員にとってコンプライアンスに則ったものに改善されることにも資するといえます。

さらに、内部通報制度の適正な構築・運用は、経営トップをはじめとした経営幹部が業務執行や業務運営にあたって個々人に課される善管注意義務、信任義務、忠実義務、任務懈怠責任などといったさまざまな義務を確実に履行するための一助になることも、再認識しておく必要があります。

組織は、内輪の論理で行動するのではなく、一般社会のなかでの組織の在り方が問われていることに、しっかりと目を向けていかなければなりません。このことは、いわゆる年次報告書やIR(投資家向け広報)上の形式的な説明・情報提供にとどまらず、社会全体に対する説明責任、つまり情報開示の問題でもあると考えます。

「公益通報者保護法」制定までの道のり

ところで、公益通報者保護法は2004年に制定され(06年に施行)、制定後に初めて改正されたのは16年後の20年(22年に施行)でした。

今回、2度目の改正(25年6月)に至り、今年26年で施行後20年を迎えます。制定の背景には、00年から02年にかけて発生した食品偽装やリコール隠しなど、物議を醸した不祥事の多くが従業員などの内部告発によって発覚したという事情があります。

こうした状況などから、当時、国の消費者行政を所管していた内閣府国民生活局(現在の消費者庁)は「コンプライアンス研究会」を設置し、同研究会の報告書「自主行動基準の作成とコンプライアンス経営」において自主行動基準の策定・運用を求めるとともに、内部告発者保護制度の必要性等の提言がなされ、法制定に向けた検討が始まりました。

その後の審議会等において、消費者保護政策の観点から、企業の法令遵守の取り組みの一環として自主行動基準の作成や内部通報制度の整備などが求められ、消費者に対する信頼の維持・回復につなげることの重要性が提言されました。

要するに、公益通報者保護法の源流は消費者政策に位置づけられ、制度の目的は消費生活の安全・安心の確保に遡ることができます。

国会審議の過程において、衆議院・参議院それぞれの審議は短期集中的に進められ、参考人質疑を含め合計約28時間の議論がなされました。「小さく生んで大きく育てる」という視点から、2000年頃の企業不祥事の多発化から、わずか約2年で法制度が整備されたことになります。

審議において当時の竹中平蔵担当大臣は、公益通報者保護法は保護要件を明確化し、「明確な安全地帯」を示すことで通報者の萎縮を防ぐ趣旨であると答弁し、保護される通報の基準を明示した点が成果として挙げられていました。

加えて、公益通報者保護法は通報者や通報対象を限定した必要最低限のルールにとどまるため、事業者は法の定めに縛られず、自浄作用を向上させる観点から、内部通報制度を自主的に構築・運用する必要性も説かれていました。

その後の改正によって、事業者による内部公益通報体制整備義務(11条2項)や公益通報対応業務従事者(以下、「従事者」という)の指定義務(11条1項)の他、従事者に対する刑事罰付きの守秘義務(12条、21条)が規定されました。こうして事業者の通報対応に関する体制整備の充実化を図ることによって公益通報者保護制度全体の実効性確保策が展開されたのです。

さらに、今年26年12月に施行される改正公益通報者保護法では、公益通報者保護制度全体のさらなる高度化を図るため、

事業者における体制整備義務の履行の徹底や実効性向上を図ること
②労働者等による公益通報を阻害する要因に適切に対処すること
③公益通報を理由とする不利益取扱いを抑止し、救済措置を強化すること
④公益通報の実施状況や不利益取扱いの実態に併せて通報主体の範囲を拡大すること

などに主眼を置いて、抜本的に見直しが行われています。

改正の趣旨に基づいて、通報者を確実に保護することを念頭にして、通報者の声をしっかりと聴き、不正・違法行為の速やかな是正のみならず、通報者の声を企業経営(組織運営)に生かしていくことが求められているのです。

(#2につづく)

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